二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: *小さな初恋* 【稲妻/参照2000突破Thanks!】 ( No.254 )
日時: 2011/08/10 18:01
名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: AuasFZym)
参照: 合作楽しそうだなぁ……




 ぐう、と少々間抜けな音が部屋に響く。赤髪の若者、ヒロトは奥にある部屋に二人を連れていくと、決して大きいとは言えないテーブルに二人を座らせた。それから、何やら楽しそうに鼻歌を歌いだし、キッチンに付きっ切りである。そんなヒロトを怪訝そうに眺める染岡に、吹雪は笑い掛けた。
 それからしばらくして、美味しそうな匂いが辺りに立ち込める。二人が空腹からぽーっとしていた時、テーブルがガタンと揺れた。


「……すごい、美味しそう!」
「予想外だな、こりゃ」


 どうだとも言わんばかりに、誇らしげに佇むヒロト。テーブルに広がる料理はどれも、民宿で出される食事とは思えないレベルであった。カゴに詰められたパンはキツネ色で、こんがりとしている。香ばしい匂いが香るあたり、手作りなのかもしれない。みずみずしいサラダは、見たことがない真っ白なソースがかけられていた。パプリカやキャロットなど、見た目も色鮮やかである。そして、食欲をそそるのは温かそうなシチューであった。ブロッコリーやニンジンなど、さまざまな野菜が浮かぶスープからは、真っ白な湯気がたっている。ごくり、と吹雪は唾を飲みこんだ。


「これでも幼い頃は、貴族御用達のレストランで修業しててね。王室の料理には劣るけど、他の店よりは遥かに食べなれてると思うよ」


 実際、その通りだった。メニューは庶民的なのだが、味は天下一品。下手すれば王室の料理長並みの技術である。無我夢中になって食事をかきこむ吹雪を横目に、染岡はヒロトを眺める。そして目を細めると、口を開いた。


「なあ、ヒロト。お前はあの城について何か、知ってるか?」


 その話題は気になるのか、吹雪が握っていたスプーンが置かれる。ヒロトもこの質問には面食らったようで、数回瞬きを繰り返すと、愉快そうに微笑んだ。二人と向き合うように腰を下ろし、頬杖をする。


「あのお城……百年の呪いがかかった、お城か。興味があるの?」
「まあな。本来の旅の目的とは違うが、こんな城、初めて見るし」


 へえ、と意味ありげに呟いたヒロト。吹雪は不思議そうにヒロトを眺めると、


「何か知ってるの?」


 ぽつりと呟いた。
 ヒロトはゆっくり息を吸うと、にっこりと笑って見せる。ただ、どこかその表情には影が忍んでいた。ぞくぞくと背中に悪寒が走る。


「だって、ねえ……あのお城には、百年の眠りにつく呪いが掛かっているらしいんだけど、面白いんだよ」



 ちょうど今年が、その百年目なんだから。
 くくくっと喉をならし笑うヒロトを、人一倍興味深そうに覗き込む吹雪。ヒロトから聞かされた百年前の物語は、とても愉快で、哀しく、そして不思議な物語だった。空腹だったはずの二人は、食事も忘れてヒロトの話に聞き入っていく。


 *


「ごちそーさまでした!」


 吹雪はあれほど用意された食事をぺろりと平らげ、満足そうに微笑んだ。隣に座る染岡は、「よく食うな……」と一言。が、へへへと幼子のように笑う吹雪に、染岡は溜息を吐いた。とても、自分と同年代とは思えない、とでも言うように。
 ヒロトは食器の片付けを始め、荷物は従業員らしい晴矢、風介と名乗る二人が持って行ってくれた。部屋は二階にあるらしい。もっとも、従業員らしい、としか述べることができないのは、二人の仲の悪さからだった。接客態度もお世辞でも褒めることはできない上に、二人の仲も良好とも言えない。客に当たる吹雪と染岡の前でも普通に揉めているのだから。が、その様子からするとヒロトは二人の身分を伏せてくれているようだった。
 と、吹雪は何やら愉快そうにくくくと笑い出した。怪訝そうに吹雪を見遣る染岡。


「ごめんごめん。ちょっと、思い出し笑い?」
「どうして疑問符が付くんだ。……まさかお前、変なこと考えてないだろうな?」
「まさか! 失礼だな、染岡くんったら」


 そうか、と怪しむようにながらも渋々聞き入れた染岡は、先に部屋に行ってしまった。荷物の整理をするらしい。そんな彼の背中を見送った吹雪は、脳内でヒロトの言葉を思い返していた。


『そのお姫様は、まだあのお城の中で眠っているんだよ。助けてようとしてくれる青年が、誰もいなくなってしまったからね』


 お姫様は、待ち焦がれているのだ。——夢の中の少女の如く、助けてくれる王子様を。
 ならば、自分が行かないでどうするのだ。目の前で困っているお姫様を救えないようでは、あの娘は助けられない。きっと出会いさえ逃すはずだ。これはきっと、あの娘に会う為、神様が用意したチャンスなんだよ。吹雪は勝手に決めつけると、ふっと微かに微笑んだ。その瞳には、誰にも邪魔できない、邪魔させないという不敵な光が宿っていて。
 刹那、誰かの笑い声が辺りに響いた。もしかしたら、待ってくれているあの少女の声かもしれない。そう解釈すると、吹雪はゆっくりと目を伏せた。もう、何も聞こえない。