二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re:   Pure love 君とずっと君と  (テニプリ)  ( No.60 )
日時: 2011/04/03 20:09
名前: 扉 ◆A2rpxnFQ.g (ID: ycpBp.uF)
参照: 思い出と今と、これからと。

010



 美波はほぼ毎日、“金井総合病院”へやって来る。彼女以外、家族がほとんど此処へ訪れないのだ。
 本来4人家族であるはずの小南家だが、色んな事情により父と母が別居。共に仕事が忙しく、兄は病院なので、美波は祖父の家に引き取られる事となった。その祖父も仕事で忙しいため、家にはたまにしか帰らず、美波と顔を合わせることはほとんどない。そのため、彼女は祖父の家の家政婦たちと暮らしている。
 跡部家と美波の祖父は仕事上知り合いであり、跡部は美波の家の事情知っているので、こうして病院にやって来る機会も、他の部員より多いのだ。

「ごめんねー なーんか付き合わせちゃってさ」

 美波は明るく笑う。口ではそう言うが、表情から楽しげな感情が読み取れた。

「俺くらいしかねぇだろ。お前に付き合う時間があるのは」
「えへへ。ありがとね」

 いつものようにヘラヘラとした調子で笑う彼女を見て、跡部は小さく呟いた。

「お前…… 父親とは、まだ連絡取れねぇのか」

 自分でも、随分直球な質問だったと思う。美波の表情[カオ]が硬直するのが解った。笑顔のまま、時間が止まったように、彼女の表情が止まった。感情の流れが、止まった。
 しかし、それは一瞬のことで、すぐに美波は笑った。

「お祖父様も。それから、最近は、お母さんも」

 余所余所しい呼び方から、祖父との交流が薄いことが伺えた。跡部自身がそうだからだ。

「……そうか」
「でもね、家政婦の皆が優しいから、楽しいよ??」

 美波の笑顔に吊られ、跡部も頬を緩ませた。
 刹那、美波は手をポン、と叩き「あっ」と声を上げる。

「何だ??」
「そう言えばさー いたよね、昨日当たり、どっかのスパイ」

 スパイ、という言葉に跡部は眉を動かす。

「あの制服だと、どこかな、青学かな?? “左京の”スプリットステップ、見られたかも」
「はっ 青学が偵察とは、堕ちたモノだな」

 フン、とどや顔をして見せる跡部。どうやら、青学を馬鹿にしている様だが、美波はそんな跡部を見て、気まずそうな表情をした。そんな彼女を見て、跡部は口を開く。

「どうした??」

 美波は、ペロッと舌を出す。

「私も、青学へ潜入しちゃってたりしなかったり」

 病院へ通う車の中。跡部の眼が点になったのは言うまでもない。



——————



 同日、青春学園放課後———


「おい越前っ 氷帝だけには、負けんじゃねぇぞ!!」
「うぃッス」

 桃城の気合いの入った声が響く。
 自転車で下校中の2人は、間近に迫った氷帝戦に向けての会話を繰り広げる。レギュラー落ちした桃城だったが、以前と変わらない気合いで、リョーマに“情報”を伝えていた。
 跡部が全国区の強敵だと知ったところで、リョーマは特に怖じ気づいた様子もなく、飄々と桃城の話に耳を傾けている。

「ねぇ桃先輩っ」

 ふいに、いつもより若干大きな声を出す。

「すっかり、乾先輩のポジションッスね」

 そんなリョーマの言葉を聞き、桃城は苦笑する。

「そーだなー」
「でも、どーせ、全部香澄先輩に聞いただけでしょ??」
「私が何だって??」

 ひょこっと現れた少女が、きょとんとした表情で言う。少女はいつの間にか、桃城たちの乗っている自転車の隣に付いていた。
 栗色のセミロングの髪を靡かせながら、ニコニコ笑っている。

「うわ、香澄いつの間に?!」
「さっきの間に」

 ニコリと笑って桃城の問いに答えると、少女はリョーマへ眼を向ける。
 
「それで?? 私が、何??」
「何でもねぇよ、何でも!! 越前と氷帝の話してただけ!!」
「桃先輩、やっぱり香澄先輩から聞いただけなんじゃないッスか??」

 リョーマから冷めた眼で見られ、桃城は眉間に皺を寄せる。
 隣にいる少女、一ノ瀬香澄は女子テニス部員であり、乾に匹敵する諜報部員でもある。どこから仕入れてくるのか、様々な情報やデータを持っており、昨年の青学の試合データなどにも詳しかったので、桃城は事前に聞いておいたのだ。
 香澄はリョーマに微笑んだ。

「なんスか??」
「その、氷帝の事だけど」

 香澄は自転車をこいだまま、ポケットからメモを取り出す。

「この間、乾先輩に頼まれて氷帝へ行ってみたんだけど」

 そう言いながらメモを捲る彼女の姿を見ながら、「人の幼なじみ使って何やってんだ」と、桃城が文句を言う。

「氷帝にも、いるみたいよ?? リョーマ流スプリットステップの使い手」

 その台詞に、リョーマと桃城は固まった。
 乾戦の時に披露した、リョーマのスプリットステップは、難易度の高い技だ。それが出来るということは、その人物もかなりのやり手であるだろう。

「リョーマ流ってーと、一本足のか??」
「そう」

 桃城は感心した様に、ヒュウっと口笛を吹く。あれが出来るのは、後ろに乗っている後輩とくらいだと思っていた。
 リョーマは1人の人物が思い浮かぶ。

「そいつ、次の試合出る??」

 リョーマの問いを聞き、香澄はまたメモに眼を向ける。

「んー、どうかな。見たところ、まだ準レギュラーって、感じだったかな」
「何だ越前、知り合いか??」

 桃城は自転車を止め、リョーマを振り向く。それに合わせて香澄を少し前で自転車を止めた。
 2人に見つめられたリョーマは、ため息をついき、すぐに下を向いて自転車を降りた。

「おい、越前??」

 やっぱり今日のリョーマは何処か変だ、と桃城は眉を歪める。

「知らないッスよ。ちょっと興味があっただけで。それじゃ、後は2人でどーぞ」
「な、越前?!」

 桃城の叫ぶ声を背に、リョーマは振り返ることなく自分の帰路についた。
 

(スプリットステップね……)


 リョーマはフッと口角を上げる。脳裏に浮かぶのは、以前の“彼”。何度も何度も、自分に勝負を挑んで来た、“彼”だ。

「やるじゃん」

 切なさと懐かしさの混じった声で、誰もいない路地で呟いた。