二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Ⅰ.ほたるの休日 −1− ( No.5 )
日時: 2011/07/19 23:14
名前: 雛乃 ◆MRFt3hQ4G6 (ID: AEu.ecsA)
参照: Sの頃のおはなし

「パパ。パパ? いないの?」

 薄暗い廊下に、ほっそりとした少女の姿が浮かび上がる。肩までの髪が黒に近い紫色な上、清楚なデザインのワンピースも細い脚を覆うタイツもみな黒で統一されているため、余計薄闇にまぎれていた。スリッパが床をこすって乾いた音を立てる。
 彼女は再び父親を呼び、目の前の部屋のドアを二度ノックした。それからしばらくの間中からの返事を待つが、応答はない。物音すら聞こえなかった。少女は不安げに扉を見つめ、首をかしげる。肩口で切りそろえられた艶やかな髪が、さらりと流れた。

「パパったら、どこにいったのかしら」

 ふと、ぽっかりと胸に穴があいたような寂しさが、少女を襲う。彼女には、母親がいない。母親の代わりの女性はいるが、彼女自身はあまりその人を信用してはおらず、頼れるのは父親だけだった。心の底から自分を愛してくれる人は今、父親しかいなかったのだ。——だからだろうか。今のように父親が自分の手から遠く離れてしまう時、彼女はひどく寂しさを感じる。孤独を感じて、不安になる。
 少女はきゅっと眉を寄せ、紫色の神秘的な瞳を曇らせた。大きな目を伏せると、長いまつげが淡く影を作る。彼女は今のように表情を曇らせてはいても、間違いなく美しい少女だった。

 すると彼女は握った小さなこぶしを胸元にあて、途方に暮れた声で呟いたのだ。

「せっかくちびうさちゃんが遊びに誘ってくれたのに……このままじゃ約束の時間に遅れちゃうわ」

「ほたるさん」

 不意に、耳慣れた冷たい声が廊下に響き、少女——“土萌ほたる”は弾かれたように声のした方を振り返った。彼女の左手に、真っ直ぐな赤髪を腰まで伸ばした女性が、凍るような威圧感を伴って佇んでいた。くびれた腰に片手をあてている。彼女はほたるの母親の代わりとしてきた“カオリ”という女性だった。ほたるにとっては信用ならない、正直言ってソリの合わない女性だ。
 カオリは真っ赤な唇に形だけの笑みを浮かべ、ほたるに歩み寄ってきた。

「ほたるさん、まさかまたあのちびうさという子と遊びに行くつもりかしら? あなたは身体が弱いんですから、部屋でちゃんと休んでいないと」
「カオリさんには関係ありませんっ。私に構わないでください!」

 普段はおしとやかで優しいほたるも、カオリに対しては至極当たりがきつい。ほたるはキッとカオリを睨むと、扉から離れそのまま彼女の横を通り過ぎていった。カオリはその間一ミリたりとも動かずに、うっすらと口元に笑みを浮かべていた。