二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 曇天 昔は良かったって、昔は昔。up ( No.106 )
日時: 2009/02/13 21:51
名前: 護空 (ID: bG4Eh4U7)

 午前6時、万屋の電話が鳴りだした。
 耳障りな電子音が、睡眠中の銀時の鼓膜を激しく揺さぶる。
 うっすらと目を開け、まだ外が薄暗いのが解ると、なおさら起きあがるのが憂鬱になった。瞼が重い、気が遠くなる。
 誰だこんな時間に、早く切れろ。
 布団で耳をふさいで、なかなか切れない電子音に、心の中で罵声を浴びせた。
 しかし、大事な仕事の話だと、これからの生活に大きく響いてくる。ここはでなくては、神楽の酢昆布でさえ危うい。
 この時間だと新八はまだ出勤していないし、かといって神楽を無理やり起こして受話器を取らせたところで、何を寝ぼけ出すか解らない。確実に仕事はナシだ。
 結論、銀時は舌打ちをして、渋々布団から這い出した。
「はいはい、今出ますよ」
 猫毛の頭をボリボリと掻きながらデスクに近づき、その上の忌々しい受話器を取ろうとした。が、銀時が触れようとした瞬間に電子音がブツッ。と嫌な音をたてて途切れた。
「あ?なんだよクソッ。イタ電か?」
 最悪な朝だ。と文句を言いながらまた布団に戻ろうとすると、電話が高い音を発した。 留守電モードに入ったらしい。大江戸病院の看護士の声だった。ひどく焦っている様で、舌が回らずに台詞はカミカミだった。
『あ!あの、坂田さん!!あのっ、大江戸病院の者ですがっ!丹波さんの容態が急変しまして、今非常に危険な状態です。至急、病院に向かってください!』
 また嫌な音を立てて音が途切れる。
 しかし、受話器の前にはもう銀時はいなかった。

 最悪な朝だ。


 16
 二度寝は命取り。


 午前八時六分。
 新八は万屋の階段を上がってきていた。
 彼の口からは、つねに口が零れる。
「作者の方はお正月なのに、なんでコッチは季節感がないんだろう」
 ほっとけ。と激しく思う作者の感情をよそに、新八の目には万屋の開け放たれた戸が目に入った。微かな違和感を感じ、冷静に考えてみる。
「あれ、おかしいな」
 あきらかに不自然だった。普段ここが開いているのは、銀時が戸にライダーキックをかまして大破してしまったときくらいだ。戸が壊れていないのにも関わらず、全開の状態というのはこれが初めてだった。
 もしかして、泥棒?
 恐る恐る中を覗くが、中は至って平穏。平穏さがない万屋にしては珍しいことだが、朝なのでこれは普通だった。
 だが、ひとつだけ違うところがあった。
「あれ、銀さんの靴がない」
 出かけたにしては早い時間。早い時間ではあったが、まぁ仕事が入ったならあり得る時間帯だった。一応、警戒心は解かずに中へ入り、寝室、事務室を全て見回ったが、泥棒が入った形跡は残っていない。
 金目のモノなど何一つ無いが、とりあえず一安心して新八は神楽を起こしに向かった。
 押入の戸を開けると、いつも通り、口の横によだれの筋を作った爆睡娘が寝ている。新八は身体を揺すった。
「神楽ちゃん、起きて。朝食当番神楽ちゃんでしょ」
 よだれ娘は眩しい日の光を遮る様に寝返りを打ち、むごむごと曇った声で返事をした。
「んー、今日は銀ちゃんネ」
「え」
 新八がカレンダーに目を向けると、赤いマーカーで”銀”の字がはっきりと書かれている。机には朝食の用意はない。
 ここで、朝感じていた違和感がまた蘇ってきた。
 おかしい。銀さんが朝食を作らずに仕事に行くはずがない。
 神楽は盛大な寝癖を蓄えた頭で寝床から出てくると、銀時のデスクに腰をかけた。大きな口を開けてあくびを一つした後に、寝ぼけ眼のその目には赤いランプの光が飛び込んだ。
 思わず目を見張ると、それは電話のランプであった。
「うお?なんかチカチカしてるアル。なんアルかコレ、新八」
「これ…留守電だ。なんだろう」
 恐る恐る、新八は電話のボタンを押した。
 カチリという音と共に砂嵐の音が耳に飛び込んだ。その二秒後に焦った女の声が事務室に響く、寝起きの彼らに内容の理解は難しかった。
 数十秒、さんざん響騒いで電話はぶつりと切れ、留守電の赤いランプも共に消えた。
 事務室にいるのは少年少女の二人、彼らは目を見張ったまま、ただ呆然と隔離された部屋の中に取り残された。
 この店のオーナーがいない理由も、開け放たれた玄関の戸の事も、全て同時に新八の中へと飲み下された。神楽に至っては、頭の中で何かが爆発した様な感覚だった。
 沈黙がとても長い間続いた様な気がする。それを破ったのは神楽だった。先ほどの寝ぼけた声ではなく、低く、震えた声だった。
「どうするアル。桜、死んじゃうアルか」
 すぐに返事ができなかった。混乱していて、目の前がスパークした様にクラクラする。どう返事をするかは選べなかったが、今何をするべきかは、辛うじて解った。
「病院に、行こう」
 神楽は一度だけ頷いて、部屋に戻った。新八はそれを見送ると、再度、受話器のボタンを押してみた。
 六時二分。
 視線を壁掛け時計に向けると、八時十五分。
 すでにこの電話から、二時間以上立っていた。

 午前九時七分。一台のパトカーが大江戸病院の駐車場に停車する。中から出てきた男達は、足早に病院の自動ドアをくぐっていった。
 屯所に電話がかかってきたのは八時十三分だった。
 丁度見回りに行くところで、局長室の電話が叫んだ。近藤は玄関に伊藤と、土方と、沖田を待たせて慌てて部屋に走った。受話器を取って耳に当てると、すぐに震えた少年の声が耳に入る。新八だった。
 朝から喉を通すには重たすぎる内容ではあったが、近藤はすぐにいくから。と返事をして受話器を置いた。
 これを聞いたら、あいつらはどんな顔をするのだろう。それが怖くてならなかった。
 近藤は玄関へ戻ると、俺が運転する。と無理な笑顔を作って、土方の手の内の鍵を受け取ると、運転席に乗り込んだ。
 顔は見られなかった。ひとまず安心。
 嘘などつきたくない。武士道に背く様な真似はしたくなかった。しかし、自ら話せる程、自分の肝は大きく、神経も太くはなかった。
 無言で近藤はパトカーを走らせる。助手席の土方と後部座席の沖田が啀み合っている間を見計らって、見回りのコースを外れ、大きな道路に出た。すると、勘の良い総悟がついに聞いてきた。
「何処行くんですかィ」
 あ、あんた。いつの間に国道でてんだ。と土方が焦った様に近藤を見つめるが、近藤は目を合わせずに、内を悟られない様に自然に笑った。
 たまにはいいじゃないか。と、しかし、それがいけなかった。
 土方がぴくりと眉を動かす。
「あんた、何か隠してるだろ」
 近藤さんが仕事さぼるなんて今まで一回もねぇ。と後付まで加えられて、反論の余地がなかった。
 焦って返事ができなかった。土方は窓を開けると、煙草に火を付けた。
 何も言えず、ただ車を走らせていると、大江戸病院が少しづつ見えてきてしまった。
 ここで、理由もなく、訳もわからず頭の中に丹波が現れた。
 芋臭い俺たちを懐かしむ様に見つめて、嬉しそうに「ここが好きだ。」と言っていたアイツの顔が浮かんできた。

 ああ、情けねぇ。

 ぼろぼろと、目から鼻から何かが溢れ出る。涙腺がもろいのは、昔からだった。思わず右手をハンドルから離し、その流れのまま右側の眉から頬に駆けての顔面を覆った。
 土方も、伊藤も、沖田も、コレばっかりは予想ができずに目を丸くする。そして、ついに言ってしまった。
「ほんとに、惜しい奴を亡くしちまったよ。俺たちァ」

 息を荒げながら、薄暗い廊下を走る。一番奥のベンチには、新八と神楽が座っていた。
 新八は、あ。と声をあげると、わずかに腰を浮かせて土方と視線を交えると、二、三度首を横に振った。
 彼らは一番奥の部屋に飛び込んだ。
 しかし、その目に飛び込んできたのは、窓が開いていない部屋。花も、手紙も、色のない真っ白な部屋。
 そして、ベッドのない部屋。
 ベッドの代わりにあったのは、胡座をかいた、白髪の銅像。一つだけだった。顔を伏せ、腕を組み、微動だにしなかった。
 光が強い分、陰の濃い悲しい部屋だった。
 沖田が力が抜けた様に床に膝を着く。壁を伝った手のひらは震えていた。他は無論、瞳孔を開き、飲み込めない目の前の現実の大きさに呆然と立ちすくむのみ。声も出なかった。
 新八と神楽は、部屋の様子を静かに見ながら、表情から光を奪った。

「結局、」

 動揺の抜けきらない空気の中、白髪の下で、銅像がハッキリと物申した。
 この状況とは裏腹な、あまりにもあっけからんとした声色だった。
「俺が待つはめになんだよ。いっつも」
 いや、今日からあいつが待つ方か。と、

 銀時が笑った。


 気の毒で、仕方がなかった。



「ちょっと、煙草は止めて下さい。」
 廊下で看護士の声がして、周りの視線が土方に注がれた。
「んだよ。吸ってねェよ」
 土方は動揺して口元に手を当てたが、やはり煙草はなかった。しかし、部屋の外から煙草の帯が一筋入り、各自の鼻の奥を付いた。
 煙草にしちゃ、香りに品があった。
 銀時の鼻が、すん。と音をたてた。何処かで嗅いだことのある、懐かしい匂い。
 曇っていた個々の瞳に、微かに光がちらついた。
「ちょっと、身体に毒ですよ」
 看護士の声と、足音が近づく。また、煙草の筋が太くなった。
 神楽と新八が顔を上げ、足音のする方へと目を向けた。
「あ、」
 看護士がゆっくりと車椅子を押してくる。
 車椅子が二人の前を通過し、病室の入り口で止まった。
「どしたァ?どいつもこいつも、しけたツラしやがって」

振り返ると
 車椅子の上に片膝を立てて、                       
 体中、包帯まみれで、
 片手に煙管を持って、
 白い煙を吐き出している、

 丹波桜がいた。

「俺が死んだ夢でも、みたか?」


 病室に光が差した。
 彼女は笑い、
 六つの銅像の頬に筋が通った。

 光が戻った。