二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 曇天 冷やし中華はじめました。みたいなノリはやばい。up ( No.143 )
日時: 2009/07/24 23:15
名前: 護空 (ID: bG4Eh4U7)

 すっかり梅雨が明けて、ようやく江戸はからっとした初夏の陽気を迎えた。
 耳にはちらほらと蝉の鳴き声が聞こえだし、茶屋の店先にぶら下がった風鈴も、それに便乗するかのようにちりちりと爽やかに騒ぎ立てた。
 そんな陽気になっても、万屋は相変わらず吉原でバイトを続けていた。遊女の着ている煌びやかな着物も、艶っぽい化粧も、それぞれがもはや自分一人で全て出来るまでになっていた。稼ぎも良く、昼と夜の仕事がしっかりと分けられるので、これ以上に良い仕事はないのではないかと思うほどである。
 しかし、ここ最近様子がおかしい。吉原に岡っ引きやらが降りてくるようになってきた。その理由や事情はまだ知らないが、きっと幕府の裏で何かがあったに間違いはなかった。
 吉原だけではない、上の江戸でも何やら妙に騒がしいのだ。
 何かがゆっくりと動き出している。
 三日月の下で頬におしろいを塗りながら、四人は妙な胸騒ぎを感じていた。
 

 25
 綺麗な女も、良い男も、絶対なんか訳アリ。


 それぞれの部屋での接待が、二、三人ほど片づいた頃である。時計の針は十時を回っていた。化粧直しの為に、四人は化粧室にいそいそと集まっていた。鏡は小さな部屋に六つ、壁に張り付いているので互いの顔は見えないが、各々が隣に誰か居るのだけをとりあえずは感じていた。
「さっき銀さんの部屋からすごい音したんですけど、なんですかアレ」
 新八がアイラインを引きながら銀時に視線を送る。銀時は唇に紅を差しながら、少々不機嫌気味に「あ?」と返事をして目玉だけ新八の方を見ていった。
「いや、それ俺じゃねえよ。神楽、神楽。俺殴るだけだったもん」
「えええええ!客殴ったんすか!駄目でしょそれ」
「だって、気持ち悪かったアルし」
「お前もかぃ!丹波さんなんとか言ってやってくださいよ」
「酔ってるから一発くらいわかんねーじゃん」
「いや、しらねーし!ってか丹波さんまで!?」
 そんな他愛もない話をしていたが、丹波だけは少しだけ意識が違っていた。この間来た、名前の知らない客がいっていた言葉が、どうも引っかかって仕方がない。もしかしたら、今回の遊女さらいの事件と関与しているのではないか、とまで考えていた。が、あの濃いサングラスの下から覗いた瞳に、陰はなかった。
 あの人じゃないといいんだけどな。
 心の奥で、なぜかあの男のことを庇っている。丹波に理由は分からなかった。しかし、直感であの人は違うと、信じている面があった。
 化粧を終えて、四人は板張りの廊下へでた。すると、月詠が相変わらずさらりとした顔をして立っていた。手には文字がぎっしり書かれたリストのようなものが。四人全員、軽く嫌な予感がした。
「どうしたんですか。月詠さん」
「今日は銀時、神楽、新八の部屋に警察の幹部殿がお見えになる。心して就いてくれとの事じゃ」
「げっ、めんどくせーな。お行儀良くしなきゃなんねーじゃん」
 銀時がぶーぶーと口をとがらせると、丹波は目を丸くした。
「あれっ、俺は?」
「桜は、前から予約の入っていたお客さんじゃ。職業と、名は伏せてある」
 まあ、こんな客は珍しくないからな。と月詠は至って冷静である。
 この言葉の後、銀時は月詠になにやら文句をつけていたが、丹波の耳には全くと言っていいほど、聞こえてはいなかった。
 丹波の脳裏には、サングラスを掛けたあの男がちらついていた。

「あーあ、面倒臭ぇ。幹部とかまじこんなトコくんなよ。仕事をしろ、仕事を」
 銀時は任された満月の間に入り、中央の座布団に腰を据え、後から後から沸いてくる不満の声を口に出していた。しかし、すぐに月詠が給料アップと言っていたのを思い出して、まぁいいか。と、吹き出した鼻息と共に肩の力を抜いた。
「お銀。お客様が入るぞ」
 月詠の声を聞いて銀時は綺麗に座り直し、着物の襟を直すと、さっきの態度とは打って変わって、おしとやかに畳に手をついた。戸の擦れる音と共に深々と頭を深く下げる。
「お銀でありんす。」
 返事はない。
 男は刀をがしゃんと音を立てて置くと、疲労の混じった様なため息を漏らしながら座布団に腰を埋めた。かちりとライターの鳴る音がして、一瞬にて部屋に煙草の匂いが立ちこめる。
 なんだ。態度のでかい客だな。
 銀時は思わず顔をしかめて顔を上げた。今日はかつらの髪を結わえずに出てきたので、長くのびた前髪が微かに左目にかかるが、確かにはっきりと相手の男の顔が見えた。
 半分瞳孔が開いたような鋭い眼光。整った顔立ち。さらさらの黒髪、しかもストレート。そして、マヨネーズ型のライター。
 確実に黒星であった。
 ひっ…土方ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?
 銀時は頭が真っ白になった。詰めが甘かったと後悔した。警察幹部と伝えられた時点で逃げるべきだったと。
 あまりに衝撃的な出来事が目の前で起きてしまい、口を大きく開いたまま硬直してしまった。これで自分のことがバレては、未成年をお水商売に就かせているという時点で確実に豚箱行きではないか。
 冗談じゃねぇ。
「…おい」
 土方の声にびくりと身体が跳ねる。銀時は顔が出来るだけ見られないように、白銀の長髪を頬の横に垂れ流しにして「はい」と返事をした。彼の脳裏には、自分を侮蔑の目で見下ろしあざ笑う、憎らしい鬼の副長の姿が浮かんでいる。
「おい、女。聞きたいことがある」
「え」
「どうした?」
 まさかと思って顔を上げた。土方の目は至って大まじめに、自分の顔を見つめているのである。脳裏の鬼の副長の姿は何処にも見あたらない。
 銀時は一か八か、息を呑んで思い切って聞いてみた。
「お侍さん。前に何処かでお会いしませんでしたか?」
「…いや。白い髪の女は初めて会ったからな」
 銀時の脳裏に、希望の光が差した。
 こいつ、気が付いてねぇ!
 どんだけ鈍いんだと内心呆れていたが、「勘違いでした」とだけとりあえず言って、銀時はほっと胸をなで下ろした。ここで真選組に見つかってしまっては、いままでここで積み上げてきた仕事のキャリアとこれからのお給料が全てパーになってしまう。
 気が付いていないなら好都合、すぐにお仕事モードにスイッチを切り替え、表面だけの綺麗な笑顔を浮かべて聞き返した。
「ところで、聞きたい事ってなんですか?」
「ん、ああ」
 土方は懐のポケットをかき回し、一枚の写真を出して銀時に見せた。
「この男を、ここら辺で最近見かけるか?」
 銀時が手に取ってのぞき込むと、そこには見覚えのある顔があった。
 昔に会ったことのある、あまり良い印象ではない顔。ピンクの髪に、白い肌、そして、綺麗な笑顔の青年であった。
 
「桜でありんす」
「知っているでござるよ。桜殿」
 深く下げた頭の上から、ひと月前に聞いたはずの声が落ちてきた。丹波が驚いて顔を上げると、そこには脳裏に浮かんでいた男のイメージとは全く裏腹の男が立っていた。
 髪型は変わらないが、サングラスもヘッドホンも付けていない。堅苦しい黒いスーツ姿の男であった。男は上着を脱いで、ネクタイを緩めながら、まるで家に帰ってきた旦那のように、座布団の上に腰を据えた。
「あの、どうしたんです」
「なにがでござる」
「依然お見えになった時と、お召し物が随分と違っているものですから」
「ああ。これでござるか」
 男が自分の左側に置いた上着を軽く持ち上げ、目を合わせた。小さく丹波が頷くと、男は何故か少し、照れたように頭をかいた。
「実は仕事帰りで、そのまま来たのでござる」
「へぇ、それは随分と立派なお仕事なんでしょうね」
 丹波が酒をつぐ手を止め、感心したように目を丸くし、尊敬の眼差しで男を見つめた。ところが男の方は、その目を見るなり逃げるように顔をそむけてしまった。顔は複雑な心境をあらわにしている。
「さぁ、立派なものなのかどうなのか」
「一体、どんなお仕事なんですか?」
 男はちらりと丹波の方に視線を泳がせてから、決心したように彼女を真っ直ぐに見つめ、低い声で言い放った。
「主の声を聞きに来たのでござる」
 
 神楽の兄貴じゃねぇか。
 銀時は写真を見つめて、思わず険しい表情を浮かべた。すると、土方は目の前にいる白髪のキャバ嬢の表情の変化を察したらしく、すぐに問いかけてきた。
「どうした。見覚えがあるのか?」
「え、いや。こんな派手な頭の人は見たこと無いですよ。うん」
 慌てて首を横に振ったが、その焦った反応が裏目に出てしまった。土方の目力に鋭さが一気に三割増、言葉遣いも乱暴になった。
 もはや、そこらへんに居るゴロツキとあまり変わらない。
「何か知ってるンなら、とっとと話せよ」
 まずい、これはまずいぞ。何か手を打たなければ何かいろいろやばい。
 そう思った瞬間、一つ飛ばして向こうの部屋から、爆音に近い音と罵声が店中を揺らした。何かものに例えて言うならば、部屋にダンプが突っ込んできた、あんな感じである。
 その上、神楽の声と、よく頻繁に聞く若い青年の声だ。
「てんめぇぇぇぇっ!!この写真何処で手に入れたアル!」
「てめっ!チャイナじゃねぇか!未成年がなんてトコにいるンでぃ!!しょっぴくぞ!」
「てめぇも未成年だろうが!!このハゲ!その首しょっぴかれてぇのかぁぁ!?」
 二人は廊下へ飛び出し、取っ組み合いの大喧嘩。新八も部屋から慌てて飛び出して、神楽の動きをどうにかして止めようとしていた。
「神楽ちゃん!押さえてって!ここお店の中だし!!」
「うるっせぇ!駄眼鏡!!その唯一の取り柄を粉々にすんぞ!!」
「ええええ!意味わかんないし!!なんか意味もなく僕被害者だし!」
 神楽は兄の写真を見せられ、すっかり頭に血が上ってしまい、もはや手の付けられない状況であった。
 もう最悪な展開、四面楚歌であった。土方がふすまから顔を覗かせて、廊下の様子をうかがっている間に、銀時はそっと店の窓にすり寄っていった。
「おい。万屋」
 窓枠に肩脚を掛けた瞬間、ドスの利いた低い声が響き、背中を一気に凍らせた。体中が変な汗まみれであった。銀時は目を白黒させながら、ブリキの機械のようにゆっくりと声のした方を振り返って見た。
 鬼の副長、降臨である。
「どういう事だ、これ。未成年こんなとこで働かせて、ただで済むと思ってんのか天パ」
 あまりの威圧感に、思わず目が熱くなって、涙目になった。鬼の副長は照明を背にして、顔に黒い陰を帯びている。
 しょっぴかれるならまだいい、完璧殺される。
 頭の中で必死に念仏を唱えだした時である。今度は新月の間から、鼓膜を引き裂くような丹波の悲鳴が響いた。
「桜!!!」
 銀時は急いで立ち上がり、土方を押しのけて部屋を飛び出した。沖田と喧嘩をしていた神楽も、なぜか新八を床へ激しく突き倒して銀時の後を追う。
 乾いた音を立てて、勢いよく部屋の戸が開かれたと同時に、部屋から勢いよく強い風が吹き込み、銀時のかつらを吹き飛ばした。
 部屋はがらんと静まりかえり、中央の座布団の脇でとっくりが倒れ、口から酒を吐いていた。しかし、猪口だけは綺麗に上を向いていた。
 銀時は明け放れた窓に駆け寄り、闇の中に顔を突っ込む。吉原の夜は明るい。あちこちが煌びやかなネオンで、まるで真昼のようである。
 しかし、頭のすぐ上は真っ暗である。三日月がこちらを見下ろし、白い歯を見せてにやりと笑っているだけであった。