二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

up ( No.90 )
日時: 2008/12/05 22:02
名前: 護空 (ID: bG4Eh4U7)

 初めてだった。

 血に 恐怖を 覚えたのは。



 救急車に乗った丹波は、大江戸西病院に搬送された。
 万屋三人も救急車に同乗し、行ってしまった。
 ここに残ったのは、煙くさい男達四人だけ。
 ターミナルでテロが起きてしまった以上、近藤達は仕事に戻らなければならない。救急車が見えなくなると、彼らは黒い隊服を纏った“真選組隊員”へと戻らざるを得なかった。
 しかし、誰も動こうとしない。徐々に弱くなっていく風を感じながら、どの顔も救急車が止まっていた所に視線が集中していた。
 まだターミナルは忌々しく黒い煙を吐いている。だが、もう火は出ていなかった。
 時が止まったかの様なこの場所で、一番最初に動いたのは意外にも土方だった。誰よりも先に歩を進めだし、黙ってパトカーの方へと向かった。近藤も、沖田も、伊藤も、うつむき、表情を曇らせて副長の後をゆっくりと追う。 
 その場に残ったのは、生々しい血痕だけになっていた。
 周りのざわめきが、人の流れが、それに触れようとしない。自分たちは静かな水槽の放りこまれ、隔離されたかの様な孤独の世界の中にいた。
 上の奴らは、どんなに大きな事が起きたとしても、たった一人の命のために動こうとはしない。動くとしたら、利益と自分の面のためか。所詮、その面は結局自分の利益のためでしかならない。
 金、金。どいつもこいつも、鉄くさい。
 どの顔も、悲しいほどに無表情だった。感情がない。と言うより、意識が全て脳みその方に行っている感じで、今起きていることの整理をつけさせようとしている段階。
 飲み込むには大きすぎるモノを必死に飲み下そうとしていた。 
 しかし、そう簡単に飲む込めるはずは無く、我々は何度も嗚咽を繰り返した。


 14
 風見鶏が鳴いた。


 時計の音しか聞こえない場所で、気が狂いそうになりながら、重たい空気を吸ったり吐いたり。何時間この動作を続けていたろうか。
 自分は今、小さい肝っ玉をぶら下げて、駅前の銅像になっている犬みたいに、扉の前に突っ立っている。
しかし、あの犬と自分は違う、自分は大事な人を守れなかった。もう動かない主人の頬を必死になめ回している馬鹿犬だ。死を信じたくないが為に、現実逃避をしたいが為に、またお前が俺の頭撫でてくれんじゃないかって、ずっと信じてるんだ。
 負け犬。
 という、いかにもネガティブシンキングな言葉が、今の自分にはお似合いだと思った。世界中の人々から、そう批判されても文句は言えない。その通りなのだから。
 まるで大事な何かを砂場に取りこぼして、無くしてしまった子供の様に、ただ狼狽えている自分が情けなかった。
 あらゆる人々を拒絶してきた扉が、丹波だけを飲み込んで自分を外へはき出した。
 俺がアイツの代わりに、飲み込まれたかった。
 そいつの前に立って、”集中治療室”の張り紙をにらみつける。
 口を開いて、名前を呼んでみる。声は出ない、口だけが動く。
 力が出ない、いつも使ってない脳みそだって、いつも以上に使えなくなっていた。
 精神的に無理だった。
 昼間なのにもかかわらず、廊下は薄暗く、じめじめと消毒臭い。
 赤いランプのすぐ近くのベンチに身を投げ出し、胸にいっぱいいっぱいになった何かを喉からはき出した。その行為がどうなるわけでもなく、自分の気持ちが軽くなるわけでもないが、それしかできることが無かった。
 隣に目をやっても新八と神楽は、ゴリラに連絡してくると言って何処かへ行ってしまっていない。今ここにいるのは自分一人だけである。
 ふと思った。人は一人の時、一番自分らしい姿になる。誰か偉い思想家だか、作家が言っていた。何故今ソレを思い出したのかはわからないが、本当にそうだろうか。と言う疑問が浮かんだ。
 今自分はその状況の中にいるが、今の自分は自分らしい姿だろうか。これが、本当の自分なのだろうか。
 そうだったらかなり凹むが、今の自分にはソレを批判する術などは持ち合わせてはいなかった。
 前屈みになって、うなだれてみる。顔を黒ずんだタイルに伏せて、自分の陰をにらみつける。ふつふつと沸き上がる怒りが今にも爆発しそうだった。落ち着くために歯を食いしばり、目をふせた。
 すると、瞼の裏に目を閉じてぴくりともしない、丹波の姿が映し出された。
 はっとなって目を剥く。
 息は相当上がり、目は徐々に熱を帯びて視界がぼやける。
 赤いランプが、自分にさらに追い打ちをかける様に上から照らした。
 死がこんなにも恐ろしく、冷たいモノだとは思わなかった。一番知らなければならない事を、自分は今まで知らなかった。
 今知った。自分は無知だと。
「糞野郎…」
 数時間ぶりに出た言葉だった。


 日本の日付が変わってから、三十分ほど経った。
 しんと静まりかえる大江戸病院に、周りの闇ととけ込む黒い服を着た男達が四人。そっと病院に近づいた。どこからどう見たって怪しいこの集団は、裏口の鍵のかかっていないドアをこじ開けて立ち止まった。
「うわ、暗いですねィ」
 思わず沖田が声をあげると、近藤と伊藤が人差し指を口の前にあてた。
 沖田の声は病院の床や壁を反射して進み、二、三度こだまして闇に溶けていく。四人の背筋が泡立つ様に反り返った。
 こんな不気味な夜の病院なんて、昔のホラー映画くらいでしか見たことがない。
「と、トシ。病室は」
「東病棟、三階の六○五号室…だと」
 土方がチカチカと点滅する非常口のライトに照らし、メモを読み上げる。
「ここどこ病棟?」
「西病棟です」
 なんだよ。反対側じゃん。と、近藤が口をとがらせると、暗い病棟の床に革靴を踏み込ませた。かつ、と恐怖を倍増させる音が響き、思わず全員身体がこわばる。すると、金属のきしむ音が耳に付き、少しずつ差し込む光が細くなっていった。
 ばん。
 と衝撃音が響き、コンクリ詰めの壁にエコーして辺りは真っ暗になった。
「わわわわわ、なに?」
「ドアを閉めただけですよ」
 びびる近藤を静かになだめながら、伊藤は懐に手を突っ込む。
 パトカーに転がっていた懐中電灯を取り出しスイッチを入れた。
 太く明るい光をたどりながら、会話もなく四人は歩を進める。妙に緊張し、曇った表情を浮かべる男達は、互いに何かを感じていた。
 時折、水道から滴る玉水の音にビクつきながら、長い階段に差し掛かった。3階分いいおっさんたちが少し息をあげながら登り切ると、前が開け、眩しいほどに白い光が虚ろな瞳に飛び込んだ。隣の病棟へ移る為の渡り廊下だった。窓から差し込む月の光が、濃い陰を白い床のタイルに縫いつける。
 四つの陰は廊下を滑る様に進んでいく、その途中で土方の脚が止まった。
 近藤たちはそれに気が付き、月の光が届かなくなった場所で足を止め、振り向いた。
「どうした」
 返事はなく、土方は柔らかい光を浴びた廊下の上にたたずみ、外を眺めていた。
 街路樹が、心地よさげに葉を揺らし、月の光をキラキラと反射させていた。月の周りには雲一つ無い、控えめなぬくもりが止めどなく溢れていた。
 土方には、風の流れが見えていた。
 窓の外で、糸の様に細い風は、寄り合い、紡がれ、太い帯の様になって流れる。しかし、その端末は見えずに、病棟の陰に隠れてしまっていた。
 土方は、少しやつれた顔でかすかに微笑むと、目をタイルの継ぎ目に落として言った。
「いや、なんでもねェ」

 やっとたどり着いた東病棟、一番奥の部屋の六○五号室。
 ここで緊張のピークが来てしまったらしく、誰も戸を開けようとはしなかった。
「土方いけィ」
「…なんで俺だ」
「ビビってるんですかィ」
 沖田の声が震えた。土方が思わず視線を向けると、病室を見透かす様なその目には、光が無く、かすかに充血していた。
 自分の顔も、こうなっているのだろう。となぜか全員が思った。
「万屋がいないな」
「帰ったんだろ」
「もう1時回るしな」
 みな一言ずつ言葉を放つと、また沈黙が続いた。
 ラチが明かない。
「みんなで、せーので開けましょうぜィ」
「え、なんだそれ」
 近藤が思わず聞き返すと、沖田は丸い瞳をちらと向けて、また虚空を見つめた。
「怖いんでさァ」
 そう言って目を伏せると、戸に手をかけて話しを続けた。
「死が、怖ェ」
「馬鹿野郎」
 土方は静かに吐き捨てると、沖田の上から戸に手をかけた。
「死んでなんかねェよ」
「根拠はあるんですかィ」
「…ある」
 そう言いきった土方に沖田は驚きを隠せず、目を見開いて見つめた。
 土方の瞼の奥には、渡り廊下でのあの光景が流れている。根拠にしては数が足りないが、彼らにしては絶対的な根拠だった。
 すると、伊藤と、近藤も黙って戸に手をかけた。みんな馬鹿みたいに、手のふるえが止まらないで、カタカタと音を立てる。
「いっせーのでいいのか?他にもあるぞ。はい、チーズとか」
「1たす1はー、とか」
 はぐらかす様に口をとがらせる二人に、沖田は、くすと口元を吊り上げた。
 そこで、中から妙な物音が聞こえた。布が暴れている様な、鳥の羽ばたきの様な音が四人の耳の鼓膜を揺さぶる。テロがあったせいで、男達の神経は異常に敏感になっていた。
顔を見合わせることもなく呼吸を合わせ、即座に刀に手をかけた。戸にかけて合った手に全員で思いっきり力を入れた。
 部屋に踏み込んだ途端、戸が行き止まりでぶつかる衝撃音とは裏腹に、心地良い風の音が耳の横を通り過ぎた。
 一番に目に入ったのは開け放たれた窓。そこから勢いよく風が吹き込んできていた。そのせいでカーテンが乱れ、バタバタと音を立てている。
 緊張が一気に解け、互いに照れを感じながら抜いた刀を鞘に収めた。そして、一息ついて部屋の中を見渡してみる。
 個室の部屋にベッドが一つ、と、電子音をあげるゴツい機械。その脇のベンチに新八と神楽が幸せそうに寝ていた。銀時はベッドのすぐ横の床にでんと腰を下ろし、まるで銅像の様に腕を組んで動かない。
 青い光が彼らを包み込み、部屋は安堵の雰囲気に染まっていた。
 土方はベッドに近づかず窓にもたれかかり、胸ポケットから潰れた煙草の箱とお馴染みのマヨネーズ型ライターを取り出した。近藤達はそれを横目に見ながら、顔を見合わせてあきれ顔で笑って、ベッドを囲み、のぞき込んだ。
 途端、三人の顔から堅くなった表情が剥がれ落ちた。
「大丈夫みたいですね」
「ああ」
「息、してらァ」
 土方は背中越しにその声を聞きながら、窓の外に煙草の煙を吐き出す。窓から吹き込む風は、不安定に、でも力強く土方の髪の毛をもて遊んだ。それのせいで、部屋はかすかに煙草臭くなった。
 十数分後、いつしか安心した近藤達も床に座り込み、寝息を立てだしていた。
 耳に呼吸が聞こえるのを確認すると、煙草をもみ消し、すぐさまベッドに歩み寄り、中をのぞき込んだ。
 月明かりに照らされ、透ける様なその肌には痛々しい切り傷や、青あざが無数張り付き、青い髪の間を縫う様に巻かれた白い布は右側が赤く染まっていた。
 静かな時間が青く涼しく流れる。
 無意識に伸ばした右手は、暖かく、柔らかい髪に触れた。滑らす様に指を動かすとまるで羽毛に触れている様で。心地良い感触を覚えてしまった手は青い髪から離れようとしない。
 浮き沈みを繰り返す羽毛布団を見つめると、かたくなになっていた自分の感情がゆっくり溶けていく様な気がした。
「よぉ。ニコチン」
 今まで黙って寝ているかに思えた銅像が、口元を吊り上げていきなり声を発した。土方の身体は思わず大きく跳ね上がり、冷や汗が滝の様に吹き出した。
 恐る恐る視線を移動させると、白髪の間から赤い瞳が覗いた。その目は、一番最後に見たあの怯えた目ではなかった。少し疲れてはいるが、いつもの死んだ魚の様な目だった。
「狸寝入りしてんじゃねえよ。てめェ」
「一睡もしてねーよ。バカヤロー」
「……結局狸寝入りじゃねーか!」
「でかい声だすんじゃねー、狸が起きちまうよ」
 銀時は体を起こし、頭を掻くと驚いた顔した土方を見上げた。
「それより、いつまで桜の髪触ってやがる」
 銀時が、右手を指さすと、顔を真っ赤にし、大慌てで土方は手を離した。
 おふざけで冷やかしただけなのに、コイツの反応は面白いな。と、一瞬銀時は味を占めた様な顔をした。が、すぐに一息ついて壁にもたれた。
 丹波が絡んでいるため、すぐにメンチ切られるとばかり思って構えていた土方は、拍子抜けした。
 しかし、それも銀時の言葉ですぐ終わった。
「桜、いつ起きるかわかんねェってさ」
 ワケがわからなかった。言葉の意味もわからなかったが、そんな残酷なことをこんなに落ち着いて、いや、少し嬉しそうに口にしているコイツの精神を理解している自分が、理解しがたかった。
 しかし、銀時はそんなのお構いなしにベッドから覗く丹波の小さい手を取って、嬉しそうに眺めた。

「ありがとう」

 たった一言。
 衝撃だった。
 ほんの一瞬、ほんの0.何秒だったのに、コイツの心ン中が映画のスクリーンに映し出されたみたいな、そんな感じがした。
 愛の大きさが違うのか、はたまた質量が違うのか。
 どちらにせよ、少し腹が立つ。