二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 曇天 風見鶏が鳴いた。up ( No.92 )
日時: 2008/12/30 16:46
名前: 護空 (ID: bG4Eh4U7)

 丹波が目を閉じてから一月が経つ。容態は至って平穏ではあったが、かといって良くなるわけでもなく、ただひたすら眠り続けているだけであった。
 命に別状はないものの、何時起きあがるか解らない。否、本当に起きるのかも疑わしいところで、医師の言葉なんかは、気休めにもならなかった。
 それでも、丹波の病室には常に人がいた。万屋と近藤達はは毎日夕方になると来ているし、真選組の隊士達も、ちらほらと仕事が終わってから見舞いに来た。
 二度三度、丹波が助けた親子が見舞いに来たらしかった。銀時たちが病室にくると、お金の入った茶色い封と、綺麗な花束が一つおいてある。そしてその脇には、あの少年が書いたのであろう可愛らしい手紙が一緒においてあるのだ。ただ白く、丹波を閉じこめておくだけの部屋は、しだいに見舞いの花で一杯になっていった。
 だがほんの何日か前、病室にはいると、妙な見舞いの品が枕元においてあった。茶封筒ほどの大きさの絹の包みで、誰からのものか検討がつかない。
 銀時はそれを手にとってしばらく眺めると、目元だけ微かにぴくつかせてすぐに手を離した。
 そんな反応を見て、一同気には留めていたが、誰もその包みを手に取り、開こうとはしなかった。


 15
 幼馴染みって、突然気になっちゃう時が来る。


「やっぱり、今日も晋助様いないっス。一体また子に内緒で何処に行ったってゆうんスか。はっ!もしかして女ができたっすか!あああ、私はこれからどうすればいいんスかァァ!!」
「…今何時だと思ってるでござるか。主は」
 午前三時、まだ日も昇らぬ深夜に、また子は万斉の部屋に勝手に上がり込んで勝手に叫んでいた。理由は、誰にも悟られずに深夜に出かける高杉の事だった。
 最近、高杉の不審な動きが騎兵隊の中でも噂になっていたのは、万斉も耳にしている。だが、夜に出かけていくのは少なくないし、ましてや奴は子供ではないのだ。いちいち干渉してやるほどの事ではない。と、思っていた。
 だが、過保護な親のごとく、また子は狼狽えるばかりだった。
「今日はいつもと違うんス」
「ほう、なにがでござる」
 万斉は枕に顔を埋めながら、サングラスを手探りで探した。適当な自分の返事に反し、また子の声は予想外にも震えていた。
「晋助様…、晋助様の引き出しが開いていたんス」
 万斉の身が強ばり、一気に目が覚めた。
 高杉の部屋には大きな棚がおいてあった。その一角に小さな鍵のかかった引き出しがある。鍵は肌身離さず高杉が持ち歩き、引き出しには河上でさえ近づくことを許しはしなかった。いつも誰かを部屋に呼ぶときは、その棚を背にして座っていた。
 高杉が自分に隠している部分がある。それが河上は嫌でしようがなかった。
「あの開かずの引き出しがでござるか」
 万斉が起きあがり、今度はまた子の目を見て聞き返す。彼女は視線を畳に縫いつけたまま、黙って頷いた。
 中身は。と問うても、視線は下向きのまま、小さく首だけが横に動いた。
 万斉は立ち上がり、サングラスを取ると、また子を上から見下ろした。小さい体が、じっと何かを耐える様に座っている。一息ついて、仕方なし。と声を発した。
「晋助の後を追うか」
「え、」
 また子が顔を上げる。目は赤く、少し潤んでいた。万斉はそんなまた子から目をそらし、まだ暗い窓の外に向ける。
「ストーカーは気が向かぬ。拙者は主に付いて歩くだけ…」
「まじっスか!!そうと決まったなら話は別っス!」
 急に元気になった彼女は、懐から女子高生が持つ様な手帳を取り出し、「下調べはバッチリっスよ」と笑った。万斉が訳もわからず呆気に取られていると、また子は開いた手帳とカメラを押しつけた。
「晋助様は大江戸病院に行ってるっス。理由は解らないッスけど、そのにきっとなにかあるんス!間違いないっす!」
「主は」
「いつも病院まで付けていくんすけど、怖くて入れないっス!!」
 また子は親指を立てて「よろしく!」と舌を出した。
「マジでござるか」
 河上は、手の中のカメラと手帳を見つめ、自分の掘った墓穴を恨んだ。


 河上は、また子のストーカーきわまりない、高杉の情報だけ書かれた手帳を頼りに大江戸病院に到着した。時間は四時、もうすぐで日がのぼり出す時間なのにも関わらず、空は鉛色に澱み、一筋の光さえ通さなかった。
 ここでふと気が付く、高杉はこの病院のどの部屋にいるのか、一番重要なところが解らなかった。また子は病院内には怖くて入れなかったと供述していたため、手帳にも大江戸病院までの情報しか残っていなかった。
「これは、諦めて帰るしかないでござるな」
 手帳を閉じて、歩の向きを変えようとしたとき、病院の三階の窓が目に入った。そこだけ窓が開いていて、風もないのにカーテンが激しく揺れていて不気味だった。
 すると、ちらと見覚えのある派手な着物と、包帯を巻いた黒い頭が見えた。
 これさえ見なければ、自分はもう家路に付いている頃だったのに。河上は肩を落として、高杉が病院から出てくるのを待った。
 病院の入り口から少し離れたベンチの裏に身をかがめ、遠くから高杉を見張った。
 複雑だった、また子の言っていたことを疑っていたワケじゃないが、高杉が本当に、まだ自分たちに隠していた面があったのだと確信した。これが少し、自分の心に傷を負わせた。
 五分ほどして、高杉は裏口から出てきたらしく、裏からゆっくりと歩いてきた。河上は高杉が遠くに行くのを見届けると、病院の裏口に向かった。
 裏の非常口の電灯が頼りなく点滅している。その下の錆びたドアがぎぃぎぃと呻っていた。
「まったく、だらしのない男でござるな」
 河上は辺りを見渡し、人がいないのを確認すると、静かに中に入ってドアを閉めた。
 中は真っ暗で、転々と非常口の場所を示す緑の電灯と、火事を知らせるあの火災報知器の赤いライトが見えるだけであった。
 さっきの部屋は、東ヨリでござった。三階の、一番奥…。
 頭の中で、外から見た窓の位置と、病院内の地図とを重ねながら歩いた。とりあえず東病棟へ移ると、ナース室から明かりが漏れているのに気が付き、慌てて西病棟へもどった。
「あら、どうしたの山谷さん」
「いや、さっきここを誰かが通った気がしたら…気のせいかしらね」
 胸をなで下ろすと、西階段を上がり、三階の渡り廊下を使って東病棟へ移る。
 そして、例の部屋に付いた。中から風の音がする。間違いなかった。耳からヘッドホンを外し、戸に手をかけてひと思いに開く。
 白い壁に反射した微かな光が、ベッドの中の青い光を浮かび上がらせていた。ベッドに歩み寄って行くと、そこには青い髪の侍が寝ている。
 河上の背中に悪寒が走った。               
「青夜叉…」
 まさかと思った。白夜叉と組んで恐れられ、戦争中に死んだ幻の青夜叉。奴が今、自分の目の前で眠っている。それも衝撃だったが、他に驚くことが一つあった。
 河上はサングラスを外し、大きく開いたシャツの胸ポケットに閉まった。
「主の声、拙者に聞かせてはくれぬか」 
 返事はないが、確信はあった。短髪ではあったが、美しかった。
 聞いたことのない、青夜叉の声を聞いてみたかった。
 ふと、青夜叉の枕元に、白い絹の包みがおいてあった。思わず手に取り、拡げてみると、そこには黒い漆の煙管で、桜の花の模様が粋だった。
「晋助、か」
 引き出しの中身の正体であった。嫌悪の情を抱いていた正体に、初めて奴の人間らしさを感じた気がした。河上は綺麗に正体を包み直すと、元の位置に置き直し、懐に手を忍ばせた。
「眩しいでござるなぁ。せっかく外したのに」
 雲の割れ目から一筋の朝日がさした。時は六時、そろそろ看護士が見回りに来る時間であった。
 河上は青夜叉の耳に口を寄せると、静かに言った。

「次はしかと、主の声を聞きにくる故。」

 そして、すぐに部屋を出た。  


「遅かったっスね!待ちくたびれたっスよ」
 戸を開けた途端、一番会いたくない奴に会ってしまった。また子は耳元で「どうだったすか?」とささやく。
「骨折り損のくたびれ儲けでござった」
 河上は部屋の奥のソファで我が物顔で寝ている高杉を遠目に見ながら、また子にカメラと手帳を返した。
「そんなはずないっス!」
 と訴えるまた子に、
「ただの散歩でござった。拙者は寝る」
 と一言残して、部屋に戻った。
 廊下に取り残され、不機嫌そうに頬を膨らませるまた子は、カメラを見て河上の部屋に駆けていった。
「河上ー!カメラのフィルムどこやったんスか!」
「最初から入ってなかったでござる」
 ふすまの向こうから聞こえる声に、河上は盛大に嘘をついた。
 河上の手元には、青夜叉の写真が一枚大事そうに握られていた。