二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 日和光明記 —紅の華・宇宙の理— ( No.10 )
- 日時: 2010/01/31 18:50
- 名前: キョウ ◆K17zrcUAbw (ID: JFNl/3aH)
【其之三 白き狼】
鬼男はふと顔を上げた。
「……なんだ?」
ざわざわと、体の奥からなにかが這い上がって
くるのを感じる。悪鬼や怨霊の類ではない。人外異形相手では、もっと肌が凍りつくような戦慄が駆け抜ける。
そういうものではない。しいて言うならば危険を知らせる警鐘のようなもの。
鬼男と閻魔はまだ閻魔堂(冥府裁判所)の中で取っ組みあっていた。立場もいたって変わっていない。鬼男が“最終兵器”を出そうかと考えた以外は……。
周りを取り囲む静けさは一見なにも起こっていないように感じられるが、彼等は鋭い感覚を持つ者。張り詰めた空気の奥深くから、異常な気配を感知した。
鬼男は閻魔から手を離し——というか放りだし——、周りをじっと見据えた。怪しい気配はあちらこちらから建物内部に侵入してくる。
「な……何々!?」
閻魔があたふたと立ち上がる。
「わかりません。ですが、ただ事じゃないことは確かです」
じっとりと、鬼男の額に汗がにじんだ。
“気”の流れからして原因は屋外に居るのだろう。今にでも飛び出して正体を突き止めたいが、下手すれば命が危ない。まずは辛抱強く相手を覗うのだ。わずかな変化でも素早く対応できるよう、身を固くする。
反射的に鬼男は閻魔の前へとにじり寄った。
「大王、下がっていてください」
こそりと、緊張した硬い声で呟いた。しばらく経つと、布の擦れ合う音が小さくなった。
全ての感覚を研ぎ澄ませるも、“気”はさきほどと同様、鬼男達を取り巻くように流れ、神経を逆撫でるばかりであった。
自分等をおちょくっているのか、はたまた出方を覗っているのだろうか。ともかくこうも緊張感が続くと、こっちの気が持たない。
鬼男は不本意ながらも自ら行動に出た。長時間の疲労が表に出てしまったのかもしれない。周りに、外に気を配りながら、正面口へと向かう。
入り口には戸らしき扉は見当たらない。いつでも開封状態だ。これでは妖《基本的に人へ害を及ぼす者》に『どうぞお入りください』とでも勧めてるようだ。
入り口付近の壁に背を押しつけ、鬼男は身を低くした。とりあえずここまで近づいてみたが、相手の動きに変化はない。気づかれていないようだ。
心を落ち着けるために一旦深呼吸する。
ふと不安げに見つめている閻魔の姿が目に入った。
明らかに心配症なのだ、この人は。昔からそう。それなのに鈍感で、とびきり不幸体質。この人と一緒に居て暇したことなど一度も無い。いいのか悪いのか……。
鬼男はふっと息を漏らすと、閻魔から外へと視線を走らせた。
外には不穏な空気を忘れさせるような、いつも通りの空が広がっていた。だが冥界は昼夜とわず暗雲が立ち込めているため、それは漆黒の大空に他ならない。
今の位置から見て“気”の根源らしきものは見当たらないため、それは建物の裏手か、自分の隠れている壁に阻まれて視界の届かないところに居る、と予測できた。
鬼男は一瞬ためらった後、思い切って建物から飛び出した。素早く体制を立て直して周りを探る。
金色の瞳が一段と輝いた。
だが視界を広げても未だに異物は見つからず、それどころか重苦しい“気”は予想と打って変わって、辺り一面を満たしていた。
これにはさすがの鬼男も愕然とした。
かつてない異常事態。昔、数千の雑鬼《下級妖のこと。いわばザコ》が一度に攻めてきた時があったが、これほどまで強い妖気をまき散らしてはいなかった。それに、普段目にしている妖や悪霊とはかけ離れた、今まで感じたことのない異常な妖気だ。
鬼男は逸る心を落ち着かせるため、呼吸を整えると、目を閉じた。
微かに感じられる風、異様な空気、幾重にも重なった妖気を全身から感じる。それに混じって、時折小さな悲鳴が聞こえた。地下で必死に助けを求める罪人達の叫び声……か。
そして、それとはまったく別の——
『冥府の番人だな?』
はっと目を見開くと、鬼男は弾かれたように後ろを振り返った。
自分より数歩離れた場所に、今までいなかったなにかがいる。炎のように揺らめいているが、火の赤色をしていない。全く別のやわらかな白き炎。いや、炎でもない。