二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: ギャグマンガ日和  —日和光明記— ( No.24 )
日時: 2010/01/31 19:29
名前: キョウ ◆K17zrcUAbw (ID: JFNl/3aH)


 気がつくと京一郎は、再び布団に寝かされていた。

「……?」

 上半身を起こして周囲を見回してみる。見知った天井と調度品。掛け簾の隙間から差し込む日差し。風に揺れる几帳。隅のほうに積み重ねられている大量の書物に巻物。
 間違いない。先ほど目を覚ました際に居た寝室だ。
 彼の傍らでは、二人の男が倒れこむように寝ている。文机に突っ伏している黒髪の優男に、褐色の肌をした青年。こうしてみると、なんとも仲の良さそうな兄弟に見えるが、それはそれ。ついさっきまで互いを毒づきながら罵声を飛ばし合っていた仲であることを、彼は忘れない。
 京一郎は自分の姿を見下ろした。
 身に付けているのは単衣ひとえ一枚。着ていた筈の大紋も長袴も、ぐしゃぐしゃになって姿見〈全身を映す大型の鏡〉に掛けてある。仙台箪笥せんだいたんすの引き出しから様々な衣服が散乱しているところを見ると、おそらくこの単衣はそこから適当に引っぱり出してきたものだろう。
 などなどという状況を分析してみた結果、またも自分は気を失い、二人に運ばれて来たらしい。重厚の大紋長袴は、さぞ重かったであろう。

「申し訳ない……」

 京一郎は身体の節々を抑えながらぎこちなく立ち上がり、単衣の上に大紋を羽織った。慣れた手つきで長袴の腰紐を結び、衣と同じ太極図の模様が施された礼冠れいかん被る。よし、と身支度を整え終えると、彼は重い足を引きずりながら、静かに引き戸を開けた。

「——どこへ行こうというのです?」

 突然背後から声を掛けられ、京一郎の足が宙で固まる。

「おや、起こしてしまいましたか。やはり無音で行動するのは難しいですね」

「そりゃ起きますよ。人の耳元でお着替えさせられてはね」

 くすりと笑い、京一郎は振り返る。やはりそうだ。低く落ち着いた声。だが鋭く、人の心を探ってくるような声色は彼しかいない。

「鬼男さん……でしたよね?」

 青年は無言で頷いた。
 身丈は六尺を超える。精悍な顔立ちは、上司には無い鋭利な印象を与える。切れ長の目はつり上がり、瞳は煌めく金。唇の端から尖った鬼歯が覗き、朝日に照らされた金髪は短く、さっぱりとした印象だ。そこからでも彼が真面目であることが窺える。その頭には、隠れるようして二本の小さな角が生えていた。

「あなたはあくまでも人質なのですよ。自由行動は慎んでもらいたいですね」

「ほぉ……人質、ね」

 京一郎は薄く微笑んだ不気味な表情をやめない。
 妖しく光る目線が、容赦なく鬼男を突き刺す。

「私はいつからその、——人質——になったのですか?」

「ここに流れ着いてから。いえ、あなたのお仲間が僕達に押し付けた、その瞬間からです」

 鬼男がきっぱりと言い放つ。嘘をついても仕方がない。彼とオオカミになんらかの関係性があるのは一目瞭然だ。
 京一郎はしばらくじっと見据えていたが、鬼男の真剣な表情を読み取り、柳眉りゅうびを顰めた。

「……もうひとつ宜しいでしょうか。ここは、ここは一体どこなのです?」

「“楽園だよ”。ら・く・え・ん」

 答えたのは眼を擦りながら、ふらふらと起き上がった『大王』であった。

「おはよっ。鬼男君。……と、“紅りん”」

 『大王』は花が咲くように笑った。


 冥界・閻魔庁。その居間(仕事場)に、三人は居た。ちょうど閻魔の尋問が始まったところである。

「ねね、君さ、なんて名前なの?」

 今さっきまで「紅りん」、「紅りん」としつこく連呼していたにも関わらず、今になって本名を問い質し始めたのだ。社交的な閻魔に比べ、京一郎は無言のまま、ついさっき発せられた単語を思い返す。
 『冥府、冥界、黄泉、あの世。いろいろ呼び名はあるけれど、つまりは“死後の世界”ってことだな』
 唄うような調子で簡単に返された言葉を、鵜呑み(うのみ)にはできない。顎に手を載せながらひたすら考え込む京一郎。だが、それを拒むように閻魔は繰り返し声をかけ続ける。

「ねえってばぁ、あ〜か〜り〜ん〜。名前ぇ〜」

 ずるずると白い衣を掴んだまま引きずられる閻魔。同じ背丈なのだが、こうして並べると表情がまるで違う。長く付き合い続けてきた上司がなんとも幼稚に感じ、鬼男は重々しく息を吐いた。