二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: 日和光明記 —紅の華・宇宙の理— ( No.68 )
- 日時: 2010/02/08 19:30
- 名前: キョウ ◆K17zrcUAbw (ID: JFNl/3aH)
- 参照: http://noberu.dee.cc/index.html
【其ノ九 緑魔の羽翼】
お盆が間近となった文月(七月)。
まだ涼しさを感じさせられる冥界には、今日もどこか微妙な風が吹く。
夏は日が登るのが早いのだが、ここのところ晴れ間続きだったので、さすがに今日は休ませろという事なのか、早朝を残して今はどんよりとした暗雲空が広がっていた。これがそもそもの天気なのだが、新人の京一郎には始めて目にする日和だ。
それを窓から眺めつつ、当の京一郎はふっと息をついた。そして、冷たい味噌汁を啜る。閻魔が作ったというからには少しばかり覚悟していたが、想像以上の美味に心無しか感歎してしまった。人を見た目で判断してはいけないとはこの事だ。
「……のれ……!」
憤怒寸前の呻きを耳にし、ちらりと背後を見やる。
ここは仄暗い京一郎の自室。主以外にこの部屋を訪れる者は居ない。が、今回だけは違った。
ショリショリと切れ味の良い音を立てながら、その人物は本来刀を研ぐ砥石で、己が爪を器用に整えていた。不気味な雰囲気を帯びてる姿は、さながら山奥で研ぎ物をする山姥だが、彼は紛れもなく京一郎の知り得る鬼男だ。
——いつもの冷静さは跡形も無く消え失せているが。
「あんのイカ……今度こそ八つ裂きにしてやるぅ……」
地を這うような声でどろどろと呟き、爪研ぎに一層精を入れる。
紅い眼をギラギラ煮えたぎらせ、灰銀に染まった脳天から今にも噴火しそうだ。ダメだこりゃ、完全にブチ切れモードに突入してしまっている。
つい先ほどの事だった。
自分の思考に没頭していた京一郎の許に、鬼男が血相を変えて転がり込んで来た。なんでも、無理に飲まされた汁の中に大豆が入っていたらしく、不運にも彼は食べてしまったという。
鬼男にとって豆は毒。中でも大豆の効力は凄まじいらしく、一瞬にして体調を崩してしまう。
大量に飲み込んでしまったため、鬼男ひとりでは対抗出来ない。だからといって閻魔にすがりつこうにも彼自身のプライドがそれを許さなく、不本意ながらも京一郎へ助けを求めたのである。
日頃の仕返しのつもりであろう。解毒を施しながら京一郎は嘆息していた。二人共よくもまぁここまでやるわな。
解毒が終わるや否や、感謝の言葉もそこそこに、鬼男はさっそく(ここで)爪研ぎに精を出し始めたのでした(まる)。
「あぁぁぁぁんのクソ大王ぅぉぉぉお……!」
でろでろと鳴り響く雷鳴を伴った不穏な声で呻き、鬼男はやおら立ち上がった。
「お、鬼男さん? どこへ……」
「決まってるでしょう!」
引き止めた京一郎を肩越しに睨み、彼はぴしゃりと言い放った。
「今晩のおかずはイカの刺身です」
「ちょっと待ってぇぇぇ!」
これはさすがにマズい。今の彼が暴走でもしたら、いくら不滅の閻魔大王でも病院送りにされかねない。本当に今晩の食卓にモザイクの掛かったグロテスクな物体が登場しかねない。別にイカ(魚介類の)が嫌いな訳ではないが、それでもイカ(馬鹿の)を食すのは気が引ける。
ほんの少しばかりの好奇心を理性で黙らせ、迅速に鬼男の身を確保する。
「離してください京さん! アイツに血祭りをお見舞いせねば!」
「無理はなさらないでください。まだ病み上がりなんですから!」
喚き散らしながら激昂していた鬼男だったが、一瞬の眩暈によって意識を失いかけ、しかし倒れる寸前に京一郎に支えられた。
顔色こそ良くなっているものの、完全に毒素が消えた訳ではない。
勢いを削がれた鬼男は、京一郎の長〜い忠告を受ける羽目となったのでした。