二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: バトテニ−サヨナラ、− [テニプリ] ( No.862 )
日時: 2010/07/25 09:16
名前: 亮 (ID: TtH9.zpr)
参照: 俺は嘘を吐き出す、彼女は嘘を喰らう、俺は彼女に呑まれる。

 134 ほら、顔を上げなさい。




金太郎の話によると、アメリカ行きの話は昨年の全日本テニス選手権のすぐ後に来たそうだ。
四天宝寺OB達は、掛ける言葉も見つからず、ただただ黙っていた。
香澄は、どうしようもない罪悪感に追われる。

「どないしたらええか、もう分からん」(金太郎)

自分はどうしたいのか。
それすらも、よく分からない。

———コシマエ、自分なら、どないすんや?

静かに、ココロの中で問う。
自分より強いアイツは、逆の立場ならどうしただろうか。
そんなふうに訊いてみても、応えは返ってこない。
もう、いないのだから。


「金ちゃん」(香澄)


香澄は、静かに呼びかける。

「?」(金太郎)

香澄の表情は、髪に隠れて金太郎の位置からは見えない。
だが、笑ってはいないことは確かだ。
金太郎はそれに驚く。
いつだって香澄は、金太郎の前で笑っていたのだから。
何を言っても、笑って笑って、心配事や不安を無くしてくれたのだから。

「かす、み」(金太郎)
「今から、話すこと。 もう二度と言わんから、よう聞きや」(香澄)

香澄はいつもよりも少し低い、よく透る声で言う。

「香澄?」(白石)

白石は呼びかける。
何となく、香澄の意向が読めた。

「蔵、心配はいらんよ?」(香澄)

香澄は金太郎の方へ向き直る。



「ごめんなさい」(香澄)



それは、何年かぶりの、“あの5日間”に対しても謝罪。
“生き残ったこと”に対しての、謝罪。

「え、」(金太郎)

大人になった金太郎は、香澄のキモチを察する。

「ちゃう。 ちゃうねん、そないなことして貰お思て、この話したんとちゃうねん!」(金太郎)

慌てて、香澄の謝罪を否定する。
そして、自分も。

「何も考えんと、こんな話して悪かった」(金太郎)

自分もまた、謝る。
香澄は顔を上げた。

「ええんよ。 全然」(香澄)

香澄は微笑む。

「言ってくれて、嬉しかった。 金ちゃん、いつでも自分1人で色々してまうやろ?」(香澄)
「・・・せやけど」(金太郎)
「でもな、私は謝らなあかん。 金ちゃんのライバルを奪ってしもたから」(香澄)

金太郎は何も言わずに聞く。

「話したかったんは、私のことと違うてな。 リョーマ、のこと」(香澄)
「!」(金太郎)

全員が、香澄の言葉に耳を傾ける。


「あの日、な」(香澄)


香澄の言うあの日くらい、全員が全員、理解出来る。

「リョーマ、1人ぼっちでずっとおってん」(香澄)

香澄が語る、初めて知るライバル。

「本人によると、」(香澄)





「自殺、しようとしたんやって」(香澄)





金太郎は驚愕する。
滲んでいた涙の量が、増えるのが分かった。

「え・・・・・・?」(金太郎)
「信じられんやろ? 強気のリョーマなら、“絶対優勝する”とか言いそうなのになぁ」(香澄)
「それも、おかし思うけどぉ」(金太郎)

金太郎の発言が聞こえているのかいないのか、香澄は特に反応を示さず、話し続ける。


「色々信じられんかったし、皆、色んなことが、怖かった」(香澄)


白石はそんな香澄の話を、誰よりも耳を澄ませて聞いた。
初めて、彼女は彼女の体験を、自分自身で語るのだ。
少しでも、彼女の心に近づきたい。

「ねぇ、隼人さん」(香澄)

なんの嫌味もなく、なんの嫌悪もなく。
香澄は隼人との名を呼ぶ。
まるで、友達同士との会話で、「あれ、おもしろかったよね?」とでも言うように。

「・・・・・・」(隼人)

隼人は小さく頷いた。

「皆、あそこに存在した皆、幸村さんでさえも、きっと」(香澄)

微かに、表情を強ばらせる。





「皆、弱かった」(香澄)





金太郎は言葉を受け止める。
単純な金太郎の脳味噌は、単純に言葉を受け止める。

「“弱い”・・・?」(金太郎)
「強い人なんて、おらんのよ」(香澄)


「そんなことない! コシマエは、弱ない!」(金太郎)


金太郎は香澄の発言を否定する。
あの全国大会で見た、あのリョーマは、確かに強かった。

「弱いから、裏切る」(香澄)

香澄は冷たい瞳で言う。

「弱いから、私は此処にいる」(香澄)

自分の存在を、否定するように。

「あの時の本当の強さは、生き残って帰ることと違うて、誰かを信じることやった」(香澄)

依然、瞳は冷たく冷たく、それでいて何処か、懐かしげに。







「弱いから、強くなれる」(香澄)







香澄は、小さく、それでいて強く、呟く。

「皆、強くなろうとした。 誰かを、信じようとした」(香澄)

あの世界に、綺麗なモノなんて1つもなかった。


「金ちゃんの、言う通りや」(香澄)


香澄は先程までの表情とは一転して、明るく笑っていた。

「え・・・?」(金太郎)
「リョーマは、弱くなんかない」(香澄)

意見も、一転。

「初めは確かに弱かった。 皆。 だけど、強くなれた人もいる」(香澄)
「・・・・・・」(金太郎)
「皆、どんな状況でも、強くなれるんよ。 きっと」(香澄)

香澄は、金太郎の手を取る。

「金ちゃんは、強い」(香澄)

金太郎は首を振った。

「弱い」(金太郎)

香澄は困ったように微笑んだ。







「じゃぁ、これから、強くなれる」(香澄)







これから。
そう、未来のある、弱い自分たち。
これから、何度でもやり直せる、何度でも這い上がれる。



強くなれる。



弱いからこそ、未来がある。





「ほら、顔を上げて」(香澄)





金太郎はつられて顔を上げる。


「弱いと思うなら、強がりなさい」(香澄)


小学校の先生のような口調で、香澄は言った。

「香澄・・・・・・」(金太郎)

戸惑いながらも、金太郎は香澄を見る。





「リョーマに、“まだまだだね”って、言われるで?」(香澄)





香澄は笑う。
いつも通り。
それに、どんなに落ち込んでいても、つられてしまう。


「せやな」(金太郎)


いつも通りの、笑顔を見せた。