二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: バトテニ−サヨナラ、− [テニプリ] ( No.867 )
日時: 2010/07/31 16:19
名前: 亮 (ID: TtH9.zpr)
参照: キミはどうして俺の声を聞こえないフリして、先へ行ってしまうんだろうか。

 135 帰り道




「あぁー! 食べた食べた!」(香澄)

駐車場で、香澄は伸びをする。

「久しぶりやったから、めっちゃ肉食べたわ」(香澄)

10年前だったら、考えられないような無邪気で間抜けな笑顔。
謙也は、その笑顔にいつも拍子抜けしてしまう。

「ホンマ・・・・・・、別人みたいや」(謙也)

香澄に聞こえないくらい、小さな声で言う。

「え?」(香澄)
「何でもないわ」(謙也)

謙也は急にマジメな顔をし、香澄に尋ねた。



「まだ・・・・・・、アイツのキモチ、誤魔化しとんか?」(謙也)



今までの無邪気な笑顔は消え去り、香澄も切なげな表情になる。

「・・・・・・、嫌な言い方、せんといてよ」(香澄)
「その通りやろ。 アホ」(謙也)
「そうれは、そうやけど」(香澄)
「いい加減、はっきりさせたらどや?」(謙也)

香澄の顔は、強ばる。

「どういう、こと?」(香澄)

謙也はため息。


「解っとる、やろ。 そんなこと」(謙也)


香澄は俯く。
逃げている自分を、思い出させる謙也の言葉。
自分がしていること。
明るく暮らしていけるこの環境。
全部、全部、彼の自由と愛を利用している。

そんな心境の香澄に、底抜けの明るい声が聞こえた。



「悪い! ほな、帰ろうか、香澄!」(白石)



ずっとずっと、忘れていた涙が。
どうしてか零れそうになった、・・・・・・・・のは、誰にもヒミツ。

「香澄?」(白石)
「なんでもない」(香澄)

香澄は謙也に向き直る。

「また、ゆっくり話、してくれる?」(香澄)

謙也は苦笑い。

「悪かったな。 嫌な思い、させてしもて」(謙也)
「・・・・・・私が悪いんやから、ええの」(香澄)

謙也は考え込むように黙った後、思い出したかのように笑った。

「せや!」(謙也)

香澄は、そんな様子を見て首を傾げる。

「金ちゃんのことで、すっかり言うの忘れとったわ」(謙也)
「?」(香澄)





「ありがとうな。 10年、頑張ってくれて」(謙也)





「!」(香澄)

10年。
ずっと、同じ思いで過ごしてきた、謙也。
忌々しい“法律”が消えることを、望んででいた人はたさくさんいる。

「ホンマに、ありがとうな」(謙也)

香澄は、金太郎のように首を振る。

「そんな、それは、オサムちゃんや隼人さんに言ってください! 私、何もしとらんし」(香澄)

今日で何度、このセリフを伝えただろうか。
白石も隣でその会話を聞く。


「んなことないわ、アホ! 充分や、お前は笑っとっただけで充分やってん!」(謙也)


よくも、そんな恥ずかしいセリフを言えたものだ。
白石はそう思うが、謙也は言うコトを整理している余裕なんてなさそうだ。
香澄は照れくさそうに笑う。


「こちらこそ、ありがとう・・・・・・」(香澄)


消え入りそうな声で、微笑みながら。
その笑顔に——————————————、少しだけ涙が滲んでいる様に見えたのは、
この電灯のせいだろうか。



——————



「香澄」(白石)

白石は車の運転をしながら、改まって香澄の名を呼ぶ。

「何?」(香澄)
「こゆーの言われんの、苦手かもしれへんけど」(白石)

白石は一呼吸置いて、言葉を紡ぐ。


「金ちゃんのこと、ありがとうな」(白石)


香澄は不満そうに頬を膨らませた。

「苦手やって、知ってるなら、言わんといてよ」(香澄)
「悪い。 でも、ビックリしたなぁ、金ちゃんがあんないなこと言い出すなんてな」(白石)
「せやな。 ちょっと前なら、考えられへんかったと思う」(香澄)

それはやっぱり、金太郎にとってリョーマが“特別”な存在だから、なのだろうか。

「それと、な」(白石)

白石は言いにくそうに声を出す。

「何?」(香澄)

香澄はそれを悟ったが、特に表には出さず、白石に尋ねる。


「香澄・・・・・・、ホンマに、大変やったんやな」(白石)


白石がこんなコトを言うのは、初めてだった。
極力、香澄が言い出さない限り、“あの5日間”に触れないようにしている感じであったのに。
今日は、一歩踏み込んだことを言う。

「蔵?」(香澄)
「今日、初めて聞いたけど、ホンマに、大変やったんやな」(白石)

白石は小さく言う。

「前も、言うたよな」(白石)





「もっと、頼れ、って」(白石)





香澄は思う。
白石は、分かっている。
香澄があの願いを忘れていないこと。
忘れているわけではないのに、応えを“保留”にしていること。
白石は、分かっている。

「・・・・・・、蔵」(香澄)

謙也の声が蘇る。
そろそろ、はっきりさせなければ。

「私、」(香澄)

香澄が切り出そうとしたとき、赤信号で止まっていた車は動き出す。

「お、青」(白石)
「え」(香澄)

———今は、まだ。

「遅なったなぁ、小春の奴、しゃべりすぎやっちゅーねん」(白石)

白石は先程までの会話はなかったかのように、話題を変える。

「あぁ・・・ でも、あれが小春ちゃんのええトコやし」(香澄)
「せやな、中学の時から変わらんわ」(白石)
「隼人さんも、今日はいたから、お礼言えて良かった」(香澄)

白石は微笑む。

「まさか、あの人とこんな関係になるとは思わんかったけど」(香澄)
「せやなぁ」(白石)



———今は、まだ。



———このままで、いさせて。



———まだ、“特別な存在”だと、思わせて。



「香澄、」(白石)

あの日と、同じセリフ。





「俺は、此処におるから」(白石)





「うん、」(香澄)

白石は香澄の手を握らず、そう呟く。
白石が香澄に触れたのは、あの日が最初で最後になるように思えた。