二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Episode2 ( No.8 )
- 日時: 2010/03/01 22:01
- 名前: 雫 ◆dflfIJckpA (ID: l/xDenkt)
誰もいない筈のそこからいやに溌溂とした声で呼び止められる。
恐怖せずにはいられないであろうこの状況下、雅もその一人であると思われたが臆する事なく無謀にもドアを開ける様子からそれはなさそうだった。
「?」
誰も居ない。
はて?と小首を傾げる事暫し、背筋に悪寒が走り身を震わせる。
不意に肩を突かれ反射的に振り返ると、「ひっ」と小さく声を上げた。
驚くあまり思うように言葉を紡ぎだせないでいる雅の目前には、浮遊する青年の姿。
叫びたい衝動にかられつつ、見覚えあるその容姿に目を瞠りやっとの事で声を搾り出した。
「は、橋で逢った…!」
「It's as I thought(思った通りだ)。…アンタ、俺がみえるんだな」
青年がほくそ笑む。
現状にそぐわぬその笑みは、初めこそ雅を困惑せたものの気付けば驚く程冷静になっている自分にこれ程まで肝が据わっていたのかと場違いながら感心する。
しかしこれでは埒が明かないと無理やり丸め込み、目前で今も尚浮遊する青年に視線を移す。
一呼吸おいて、信じられないといった表情でおずおずと口を開いた。
「そんな…まさか。嘘でしょ」
「Real(現実だ).」
「…あなた、誰?」
「oh,冷静だな。もう少し驚いたっていいだろ?」
「これでも充分驚いてます。…どうして、」
──此処に?
雅の言わんとする言外の意を汲み取ったらしい、青年は元よりそれを話すつもりで来たと応え軽く肩を竦めてみせると自嘲気味に笑った。
その変わりように眉根を寄せ、彼の返答を待つ事暫し。
「…事故にあったんだよ」
重苦しい雰囲気の中、ようやっと紡がれた言葉に唖然とする。
直ぐさま口を挟みかけるが、先の声音が明らかに困惑したものである事に口を噤む。
それを知ってか知らずか、青年はぽつぽつと経緯を語りだした。
部活帰りの事、横断歩道を渡っていると不意に危惧した人の声がして。
一旦止まりはするものの、それが自分に向けられたものだとは思わずに進み出たその瞬間、物凄い勢いで突き飛ばされる。
自分の身に一体何が起きたのか、それを理解出来たのは──
「病室のbedに横たわる、自分の姿を目にした時だ。…shit!」
追憶しているのか端正な顔に歪みが生じる。
どう言葉をかけたら良いものか、雅は苦虫を噛み潰したような顔で青年を黙視していた。
忙しなく目を泳がせ葛藤した末、夕飯の支度という大事な使命を担う今あれこれ考えている暇はないと先の問いに応えてもらうべくその話を切り出した(物凄い度胸である)。
途端、ころりと表情を一変させる青年。
床に降り立つと、こちらに歩み寄って来た。
これには流石の雅もヒヤリとし、徐々に距離を詰めてくる青年に足が竦んだ。
やや強張った顔でぎゅっと瞼を閉じる──と不意に、雅の手に何かが触れそっと視界を戻してみる。
手元を見れば、触れられる筈のない青年の手が雅のそれにピタリと重ねられていた。
ふと、橋での一行が頭を過る。
不思議と振り払う気になれず、それどころかつられるように雅も己の手を重ねてみる。
触れあったその刹那、青年は身動き一つせずに手元を凝視する雅の一行を目にして至極楽しげに笑うと徐に言葉を紡いだ。
「アンタに興味を持った」
「え」
おそらく先の問いに対する応えなのだろうが、その突飛過ぎる切り出しに眉根を寄せる。
青年も苦笑いする事でそれを認め、暫し考え込んだ後再度口を開いた。
「みえる奴ってそういないだろ?俺の身近にもそういうnature(性質)の奴がいなくてな。…で、それが何となく面白くなかったから探す事にしたんだよ。探索範囲は限られてるけどな」
疲れを感じない上に移動も楽だ、と満更でもない様子。
呆気にとられる雅を余所に、青年は話の要点となる言葉を紡いだ。
「骨が折れたぜ。それからどれくらい時間が経ったのか、あの橋で立ち往生してたところに…」
「…私が現れた」
「That's right. 名前を知ってるのは、単にあのばあさんが雅って呼んでたからだ」
「…(そういえば)」
「みえるだけならまだしも、こうして触れる事も出来る。探し回っていた俺からすれば、そんなアンタに喰いつかない筈がねえ。そして此処に…いや、アンタの前に現れた理由がこれにある」
「…はあ」
「これも何かのEdge(縁)だ。…一つ、頼まれて欲しい」
青年の手が滑らかに(どこか厭らしい)雅の肩へと移動し、彼女はただただ目を瞬かせる。
ありありと好奇心に満ちた瞳で顔を覗き込まれ、逃げるように思いきり逸らすと何が可笑しいのかくつくつ笑われ不快に顔を顰める。
唯でさえ見知ったばかりの男と言葉を交すだけでも抵抗があるというのに、それが得体の知れないあやふや者だからより一層増長されるわけで。
まして言葉に耳を貸すなど以ての外、言語道断である。
冗談じゃない、と青年の手を振り落とし数歩距離を取れば彼は少しも意に介したふうなくそれどころか雅の反応を楽しんでいるかのように扇情的な笑みさえ浮かべている。
その余裕綽々たる表情に憤りを覚えぐっと拳を固めるも、ふ、と一息ついて逸る衝動を抑え込む。
「Ha!強気だねえ!だが悪くない。嫌いじゃないぜ?」
「…、夕飯の仕度があるので。本当はあなたの声が聞こえた時点で放っておくつもりだったけど、それで家族の身に何か起きでもしたら大変だから」
「oh,こりゃまた凄い言われようだな」
「…」
「成仏…ね」
苦笑混じりに肩を竦める様は、誰がどう見ても楽しげ。
これ以上話す事はない、と大して気に留める事なく青年に背を向け歩き出した雅だが、階段にさしかかったところでやはり呼び止められ、その中途半端な体勢から億劫に振り向く。
「…何?」
「んな睨むなって。折角のcuteな顔が台無しだぜ?」
ぞわり、と全身に鳥肌が立つのを感じて咄嗟に我が身を抱く。
表面上何ともないふうを装いながら、先を促すべく一層睨みをきかせてやると、無駄に爽やかな笑顔を浮かべて青年は言った。
「I'm not dead yet(まだ死んでねえんだよ)」
「…」
「AH...sorry,つい癖でな。概ね分かるだろうが、俺は」
これでもか、という程目を瞠り一向に反応を返さない雅を意味が通じなかったとふんだ青年が再度口をひらきかけた次の瞬間、素っ頓狂な雅の声が家中に木霊した。
Astral projection!?──幽体離脱!?
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