二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 絆された想い / 第一章[01] ( No.2 )
日時: 2010/04/25 03:46
名前: 御伽 氷柩 (ID: KoVjVisw)

「邪魔するぜ!」

 後藤は中心街から離れたハイツの部屋のドアを開けた。
 後藤刑事、まだ午前七時ですから、近所迷惑とも言える大きな声はやめたほうがいいと思います。石井は口にできることもなく、心の中で後藤を注意した。
 八雲はプレハブ小屋からハイツへと引っ越した。海雲は越したくないと言っていたが、学校が遠いと言われしぶしぶここに越したらしい。詳しい話は知らないが、そんな金どこに持っていやがったんだ。
 玄関で靴を脱ぎ、まるで自分の家のようにズカズカと入り込む。石井も謙虚に「お邪魔します」と家に入った。
 ホールを抜けてリビングにはいると、プレハブ小屋から勝手に持ってきたのか、机とパイプ椅子が見えた。八雲の定位置だ。知り合いに刑事がいながら盗みを働くとは不貞野郎だ。
 辺りを見回すが誰もいない。もしかしてまだ寝てるのか? 鍵もかけないで寝るとは鍵の意味がねぇ。
 海雲がいることを考慮して、奥の洋室のドアをゆっくりと開ける。そこに布団は敷いてあったが、人の姿はない。蛻の殻だ。

「あ、あの、後藤刑事。これは不法侵入では──」「うるせぇ! こっちは急いでんだよ!」

「ひぃぃぃぃ」

 す、すすすいません! 後藤の雄叫びの後に、石井の情けない謝罪が家に響く。以前から変わらない光景だ。

「ふぉふぁふぉーふぉふぁいふぁす……」

 うん? 石井の奴、なに言ってやがる。後藤が石井を睨み付けると、私ではありませんとでも言うように勢いよく首を横に振った。

「海雲、歯ブラシを銜えたまま喋るな」

「ごめんなさい……」

 そう言って、海雲は大きなあくびをして目をこすった。口の端から泡が垂れる。その顔は八雲そっくりだな、ほんと。後藤の心情に答えるかのように、八雲も同じ顔で大きなあくびをした。
 なんだ、こいつ等は洗面所にいたのか。

「石井さんの言うとおり、不法侵入ですよ」

 八雲は歯ブラシを銜え、まだ眠そうにしながら歯を磨く。海雲も同じ表情で歯を磨いて後藤を見据えていた。ほっとけばこの親子は一日中寝てるな。

「お前が依頼していたものを持ってきたんだろうが!」

 後藤が苛立ちをぶつけるかのように、持ってきた書類を机に投げつけた。ばらばらに散乱するが、石井が綺麗にまとめて机に置く。後藤刑事、資料は大切に扱って下さい。
 八雲は何も言わずに海雲と洗面所へ戻り、少ししてからすぐに戻ってきた。その後を海雲が追いかけて戻ってくる。
 そして寝癖も直さずにパイプ椅子に座り、資料に目を通した。相変らず欠伸をしながら、ぼりぼりと首の後ろを掻いている。
 後藤と石井には海雲がパイプ椅子をどこかからか持ってきた。お礼を言うと、海雲はふるふると首を横に振って欠伸をしながら奥の洋室に消えていった。

「お前、自分だけ椅子に座りやがって。海雲ちゃんみたいな優しさはねぇのか? 少しは見習え」

「後藤さん、四ページが抜けてるんですが」

 無視かよ。挙句に足りねぇだと? 小さく舌打ちをして、石井を睨み付けた。

「おい、石井! 四ページはどこにやった?」

「あ、は、はい! 後藤刑事に渡す前に確認しましたが、間違いはありませんでした」

 急に話を振られ、飛び跳ねて声が裏返る石井。なんだ、俺がなくしたとでも言うつもりか? 八雲は彼の言葉を聴いて、先程後藤が投げたときに飛んでいないか探すが、それらしきものはなかった。
 おもむろにため息をつき、再び報告書に目を通す。

「後藤さん、ミスですか? 報告の前にしっかり見直しをする癖をつけた方がいいですよ」

 人に頼んでおいてこいつは……! いつかぶん殴ってやる!
 以前から何度もそう心に決めていた後藤は、八雲を思い切り殴り飛ばした未来を想像して何とか怒りを静めるように努めた。しかしそれで怒りが静まるはずもなく、踵をつけたままフローリングを踏み鳴らす。それでも苛々して仕方がないのか、ポケットから煙草を出して銜えた。

「後藤さん、ここは禁煙です。健康を害する煙を発生させた瞬間に出て行ってもらいますよ」

 ライターを探している途中に、八雲が片眉を上げて言い放った。何がここは禁煙だ。お前がいると喫煙席も禁煙席になるだろうが。
 小さく舌打ちをして乱暴にケースに戻し、ポケットにしまいこんだ。ぐしゃっと嫌な音が聞こえたが、気のせいだろう。
 三十分ほど時間がたつと、奥から海雲がパタパタとやってきた。いつの間に顔を洗ったりとしたのか、いつもの海雲だ。黒いショルダーバックを肩に、後藤達に軽く会釈をする。

「お仕事頑張ってくださいね! お父さん、海雲、学校行ってくるね」

「寄り道はするなよ」

「うん。いってきます!」

 あくび交じりの八雲の言葉に元気よく返事をすると、家を出て行った。八雲も捻くれものじゃなかったら、きっとあんな感じなんだろうな。
 後藤は感慨に浸りながら海雲が出て行ったドアを見据えていた。

「や、八雲氏、何かわかりましたか?」

 未だに恐怖心が抜けないのか、石井は少し震えた声で八雲に訊ねる。いい加減慣れろってんだ。何年一緒にいると思ってる。
 しかし、八雲は石井の態度を気にしている様子はなかった。これも何年も前から変わらない。

「まだです、証拠がない。憶測だけで特定するのは不可能です」

「じゃぁ、俺達はどうすりゃいいんだよ」

 八雲は報告書を机において、天を仰いだ。

「今はなんとも言えません。とりあえず現場に」

「行くんだな?」

 八雲の言葉に、後藤が付け足した。八雲は何も言わずに立ち上がり、玄関へと向かう。それに後藤もついていった。
 後藤刑事、これじゃぁどっちが刑事かわかりませんよ。石井の心の声も空しく、早くしろと後藤に促され、急いだ。転んだ。