二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 【銀魂】銀ノ鬼ハ空ヲ仰グ—花曇編— ( No.322 )
日時: 2011/02/24 15:39
名前: 李逗 ◆hrygmIH/Ao (ID: .qxzdl5h)

〈無黯誕生日特別編〉
         ぴょんぴょん跳ねて、惑わせて


少女は少年を、幼い頃から良く知っていた。
少年もまた、少女の事を良く知っていた。

薄汚れた湿気の多い街で少女は育った。
幼い頃の記憶に残る空は何時も鉛色に淀み、其処から大粒の雨を降らしていた。故に青空など見た例が無い。
少女は何時も其処で、橙の髪に青い眼の兄妹と遊んでいた。それなりに幸せだったと思う。

かつん、かつん。
少女が歩を進める度に、床が金属質の軽い音を立てる。
少女の綺麗な紺藍の瞳は、何かを探す様にきょろきょろと忙しく動いていた。

「……あ」

何かお目当ての物でも見つけたのか、少女はぴたりとその場に立ち止まり、にたぁと満面の笑みを浮かべた。子供が無邪気に見せる様な笑顔。
と、何を考えたか細い通路に身を潜め、其処から顔だけを覗かせる。
見れば、誰か二人、此方へ向かって歩いて来ている様だった。其れを確認すると、少女は頭を引っ込めにししと笑う。飛び出して驚かそうとでも考えているのだろうか。まるで子供だ。

かつん、かつん。
少しずつ、少しずつ。

二つの足音が近付いて来る。
少女は二人が歩いて来ている大きな通路の床に視線を向けた。丁度それに計ったように、其の床に黒い影が映る。

(来た)

そう思うが早いか、少女は通路へ飛び出した。勿論お決まりの掛け声、「わぁっ!」と言うのも忘れずに。

———と、次の瞬間。

少女が通路に飛び出すより早く、何か橙色のものが此方に顔を覗かせた。

「う、わぁぁっ!!」

其れに驚き足を滑らせ、少女は盛大に尻餅を着く。
痛て、と腰を摩りながら、ぱっと顔を上げた。

「なーにやってんのさ」

予想通り、其処に居たのは少女が驚かそうと試みた少年で。
少女と同じ橙の髪に立つ、一本のアホ毛を右に左に遊ばせながら、にこにこと笑っている。

「まぁた負けちゃった」

少女は悔しげに呟くと、直ぐ傍の壁に手をつきながら立ち上がった。
座っていた時には丁度少年の影になっていて分からなかったが、少年の後ろには沢山の書類を抱えた男も居る。見ると、少年も両手に書類を抱えている。
また何か上から言われたな、と思いながら、少女は上目遣いで少年を見た。

少女がこうやって少年に悪戯を仕掛けるのは、最早日常と呼べるものになっていた。
何時も少女が先に手を出し、其れを少年が笑いながら避ける。其れは当たり前の事だったのだが、今日は少し違った。

「ね、今日って何の日でしょーか?」

口を吐いて出た、とはこう言う事を言うのだろう。別に言う気は無かったのだ。言った後、自分でもしまったと思った。
しかし今気付いても後の祭で。
果たして自分の望む答えが返って来るだろうかと、見上げた瞳に不安が混じったかもしれない。
そんな少女と裏腹に、帰って来た答えは。

「何、どしたの急に。あれでしょ? 女の子の——」
「なァァァァに言おうとしてんだこのすっとこどっこいィィィィ!!!」 

とんでもなく最低な事を言おうとした少年の頭を男が叩く。
何さ、ふざけただけだろうと言う少年の声を、少女は聞こえぬふりをした。

(やっぱり忘れてた)

少女は心の中で呟く。こいつの事だから忘れているだろうと思っていたが、やはり心の何処かで期待していたらしい。

今日は、少女の誕生日だった。

十五歳にもなって、何日も前からカレンダーに印を入れ、誕生日を楽しみに待って。
本当に馬鹿らしいと少女は自嘲気味に笑う。
去年は完璧に忘れていたのだ。確か其の前も其の前の年も忘れていたと思う。何故今年になって思い出したのか、どうせなら忘れたままで良かったのに。

と、その時、急にズシッと両手の重みが増した。
見ると、両手にはつい先程まで少年が抱え持っていた大量の書類。

「えええええ、ちょちょかむ……」

「さっき負けただろう? 阿伏兎と二人で頑張ってね?」

少年はケラケラと笑い、少女の脇を通り過ぎて行った。
突然の事に呆然と口を開いて固まる少女の肩ぽんと叩き、男も其の後に続く。

「何で——っ!!!」

腹から大声を出して叫んだ後、少女は大袈裟な溜息を吐いた。
確かに。
確かに少年に「誕生日おめでとう」なんて言われたら世界が引っ繰り返るだろうが、此の扱いはあんまりだ。

(いやある意味プレゼントだけれども! いらねェこんな文字ばっかりのプレゼントォォォォ!!)

少女はがっくりと肩を落とす。
兎に角二人に追い付こうと、一歩踏み出した。

「あ、そうだ」

呟き、急に少年が此方にくるりと振り向いた。
振り向いた少年の顔には、何時もの貼り付けた能面の様な笑みは無い。
少女は、また何か押し付けられるのかと内心舌打した。

「何? 神威」

多分あからさまにげんなりした顔になっていたと思う。
少年の口が、ゆっくりと開いた。












「今日誕生日だよね? おめでと」








少年はそう言うと、ニタリと笑った。