二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 【銀魂】 黒猫闇幻想。 07up ( No.41 )
日時: 2010/06/13 17:21
名前: 煌謎 ◆vBOFA0jTOg (ID: eHFPH3xo)
参照: 只大切にされているのが嬉しかっただけ

▼story07 「Cherry tree」

此の頃、外から風に乗って甘い香りが鼻を過ぎる。
前の世界でも匂った事のない其の香りに、僕は興味を惹いた。

そして、此の日も僕は其の香りを嗅ぎながら、壁に背を預け、本のページを開けた。
のんびり本を読もうと言う僕の意気は、其の直後に破かれる。

板張りの廊下が、軋み始めたのだ。
緊張のない明け透けな足取りは、此の部屋を前にして止まった。
そして、襖越しに声を掛けられた。

「雅焔、居るか?」

「居ますよ」

在室を知りながらの問い掛けに、居留守を使うでもなく返答した。
許可が下りた事で安堵したのか、襖は勢い良く開けられる。

姿を見せた彼は、何時も通りの顔で僕等の元に歩み寄る。
彼が入ってきた事によって、煙草の臭いが部屋中に充満した。
彼は其れを気遣ってか、襖を開けた侭にしていた。

「如何したんですか? 土方さん。珍しいですね。僕の部屋に来るなんて」

僕がそういうと土方さんは溜め息と舌打ちをしながら言ってきた。

「……あのアレだ。アレ」

「アレって何ですか」

「……今日は非番で暇だから仕方なく来てやったんだよ」

「へぇ。そうなんですか………」

「………………」

僕がそう言うと土方さんは黙ってしまった。
自分も何破話せば良いのか判らず、言葉に詰まって黙ってしまう。
何か話題はなにかと探していると、土方さんが急に僕に向けて手を差し伸べてきた。「出掛けるぞ」と付け足して。
顔を真っ赤にして言う彼が面白くて、僕は笑いを必死に堪えて、彼の手を取った。


───何処に向かうのだろう。
僕の前をスタスタと早足に歩く土方さんの背中を見詰ながら、僕は疑問に思った。
先程よりも強くなった風が顔に痛いほど叩きつけてくる。其れと同時に、又あの甘い香りが鼻を過ぎった。
そして、風に乗って、桃色の可愛らしい小さな花びらが舞い降りてきた。

「土方さん」

「あ?」

「此の花びらって何ていう花ですか?」

土方さんは僕の言葉に驚き、此方に振り向いた。
何か変な事でも言ったのだろうか。

「お前、『桜』を知らねぇのか?」

土方さんの言葉に、僕は首を傾げる。
『桜』という花は知らない。そんな名前の人は結構居たが、『桜』という花は、見た事も、訊いた事も無かった。

「本当に知らねぇんだな。仕方ねぇ……ついて来い」

そういって土方さんは又何処かへ向かう。
其の後を僕は追った。


僕等が向かった先は、桃色の花が咲き乱れた、一本の大きな樹。
其の樹から、何時もの甘い香りがした。此の樹の事だったのか。

「綺麗……」

桜の淡い花弁が、風に散されて宙を舞う。
別世界に迷い込んだ様な、現実感の薄い幻想的な景色。
こんな綺麗な景色は、前の世界には無かった。

「今度は屯所連中で花見でもするか」

「絶対しましょう、土方さん」

僕が笑って言うと、土方さんも小さく微笑んでくれた。其の微笑に、僕の顔が少し赤くなった。
まるで、咲き乱れている桜の花びらのように。