二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 波音に沈む ( No.1 )
- 日時: 2010/07/05 21:40
- 名前: 烈人 ◆ylmP.BhXlQ (ID: WPWjN3c4)
ざばあっ、と綱海はバランスを崩してサーフボードから落ち、波の合間に滑り落ちた。
波に呑まれ、姿が見えなくなる。しかしそれは一瞬のことで、すぐさま綱海の顔が波の合間から覗いた。
流されたサーフボードを探すため、きょろきょろと周囲を見渡す。サーフボードは砂浜に打ち上げられていた。
体中にひんやりとした心地良い冷たさを感じながら、綱海は仰向けに浮いた。
太陽の光が目を射し、思わず目の前が真っ白く染まり視界が奪われる。
「あ……ゴーグル……」
そこで、つけていたはずのゴーグルが無いことに気がついた。すぐさまゴーグルを探すため、脚をつき再度きょろきょろと周囲を見渡す。
けれどどこかに沈んでしまったのか、ゴーグルはどこにも見当たらない。
仕方ないか、と綱海はため息をついて先程の背泳ぎの姿勢へと戻る。
サーフボードから落ちたことも、ゴーグルが無いのに気付かなかったことも、いつもの綱海ではありえないことだった。
けれど今の綱海は、いつもの綱海と違っていた。深く考え込み、ついつい思慮することに意識を囚われている。
対して物事を深く考えることの無い綱海にとって、ある意味異常ともいえることだ。
しかし今の綱海にはそれが当たり前のように、ずっと考え込んでいた。
考えているのは、一週間前まで一緒に戦い過ごしてきた、雷門イレブンの仲間達のこと。
否、正確に言えば雷門イレブンだけではない。大阪や北海道や福岡から来ている仲間もいた。
そして綱海もそういった仲間と同じで、今いるここ——沖縄からやってきていた。
豪炎寺のことで沖縄にやってきた雷門イレブンと出会ったことで、イナズマキャラバンに参加した。
そのイナズマキャラバンのキャプテン——円堂守は言っていた。
『どれだけ離れていても、サッカーしていればいつかは必ず逢える!』と。
果たしてなにを根拠にいっているのかはわからないが、円堂が果てしなくサッカーバカということがわかる一言だ。
今でも鮮明に思い出せる、耳に残っている円堂の声。否、耳に残っているのは円堂の声だけではない。
宇宙人——その正体は強化人間だったわけだが——と戦うために集まった、仲間達の声。
明るく楽しい笑い声、悲痛な苦しい憤った声、無力感に嘆く叫び声。
特に残っているのは、なんといっても仲間達の楽しい笑い声や励ましだった。
負けた。その度に、誓った。次こそは勝つ、絶対に強くなる、と。負け、誓い、強くなっていった。
宇宙人を倒し——ダークエンペラーズとの戦い。全て、鮮明に思い出せる。
綱海は雷門の人間ではないが故、彼ら雷門の人間の哀しみが全部わかるわけではなかった。
それでも、仲間がこのようになっていることを想像しただけで今すぐ叫びたくなるほど哀しかった。
けれど、雷門の人間ではない。果たして円堂や豪炎寺や鬼道がどのような衝撃を受けていたのか——わかるはずがなく。
なにも、理解できず。まともに顔を合わせたこともない人物ばかりなのだから、それも当然といえば当然だった。
しかし彼は、感じていた。これは雷門の戦いであり、自分達余所者が首を突っ込むわけにはいかないと。
思っていた。確信していた。それでも、戦わないわけにはいかなかった。
戦い、そして勝って彼が手に入れたのは——言いようの無い喜びと、大きな大きな無力感だった。
もし、戦っていた——洗脳されていた——のが大海原中の人間ならば、泣き叫ぶほど喜んでいたかもしれない。
綱海条介は、そんな人間だった。
「……本当に……逢えるのかよ……」
波に全てを委ねながら、彼はぽつりと呟いた。逢えるわけない、と心の中では叫びながら。
結局、彼の在るべき場所は大海原中だったという——ただそれだけの、ことだったのだ。
「綱海ーっ!」
遠くから、彼を呼ぶ声が聞こえてくる。それは大海原中の仲間の声。
「音村あー? ゴーグル無くしちまってよー。一緒に探してくれねーか?」
仲間、音村の声に綱海は大声を張り上げた。音村の呆れながらも承諾する返事が水の飛沫をすり抜け綱海の耳へと届く。
一緒に戦った、イナズマキャラバンの仲間達の記憶が、波音に沈んでいったような、そんな気がした。
(波に呑まれて、儚く消えた。)
- 波音に沈む