二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

誰も答えてくれないの、誰も歌ってくれないの ( No.135 )
日時: 2010/08/23 23:25
名前: 烈人 ◆ylmP.BhXlQ (ID: WPWjN3c4)

(誰も答えてくれないの、誰も歌ってくれないの 5)


「なんでッ、なんであんたなのよクララ!!」

 クララの部屋には幸い、クララ以外誰もいなかった。ベッドに寝転んで寝てしまうんじゃないかと思うほどとろんとした目で本を読んでいた。どこか上の空のようで、それはまさしくヒートと付き合い始めて幸せだということを明確に現している。
 ふつふつと再度湧き上がってくる、激情。嫉妬と憎悪だけが込められた、激情。ヒートを血塗れにしたおかげで収まったはずの激情がまた掘り起こされて、さらにどんどん増幅していった。
 ぐるぐると不快なとぐろが胸の中に巻いていて、吐き気がした。ああ、これもクララを殺せば終わるのかなぁ。
 ぼんやりとそんなことを考えながら、クララがシャーペンを持って突き出してきた手を避ける。しゅ、と頬が一瞬熱を持った。つ、と頬を血が伝うのがわかったから、恐らくシャーペンの先がかすったのだろう。

 どうでもいいや、そんなこと。クララを殺せば、全部終わるんだろうし。

「悪いのはレアン、貴女でしょ!? 貴女がヒートに先に告白していれば私が彼と付き合うことも無かったのかもしれないのにね!」

 クララは確かにあたしが持っている血塗れの包丁を恐れているみたいだけれど、どうやらあたしが人殺しをしたとは思っていないみたいだ。そっか、クララの部屋に行く前に着替えたから、そのせいもあるのかなぁ。
 あたしのことを嘲笑いながら、クララがそう吐き捨てた。一瞬脳が疑問符で埋め尽くされて、すぐさまそれは怒りへと変貌した。どろどろの、あたしってこんな怖いところもあったんだなぁ、って改めて思わせられるぐらいに、心の奥がぐつぐつと煮えたぎっていた。
 ああ、あたし、クララのことだいっきらいだ。死んじゃえ、ってなんの躊躇いも罪悪感もなく言える。

「うるさいッ、うるさいうるさい! なによそれ! まるでヒートはあんたを本気で好きじゃなかったみたいに!」

 あんなに幸せそうな顔をしていたくせに、よく言うわよ! 心の中でそう吐き捨てて、あたしは包丁を大きく振り上げた。クララの瞳が恐怖と動揺で揺れるのが、はっきりとわかった。
 やっぱりクララは、あたしが包丁を使って殺そうとしているなんて思ってないみたいだ。別にそう思っていてくれるならばそれでいい。そのほうが楽だろうし。
 今度はクララはシャーペンをあたしが包丁を持っている腕に突き立てようとした。それは綺麗にヒットして、あたしの右腕の内側の肉を乱暴に削いだ。不快な痛みに胸の中がかき回されて、口から無意識のうちに呻き声が洩れた。
 熱い。痛い。じわじわと広がっていく痛みと、腕から流れ落ちていく血の感触で嫌というほど伝わってきた。

 ああもう、

「死んじゃえ死んじゃえ、クララなんて死んじゃえばいいッ!」

 煩わしい!

 どうしてあんたたの。どうしてあたしじゃないの。いいなあクララは。ヒートに愛されて、ヒートに『好き』って言ってもらって。いいなあいいなあ羨ましいなあ。ねえクララ、なんであんたなの。
 あたしもヒートに愛されたかった。『好き』って言ってもらいたかった。抱き締めてもらいたかった。キスだって、してほしかった。あたしは、ヒートのことが大好きなのに。どうしてこう、人ってなんでこんなに報われないんだろうね。
 ヒートに見てもらいたくて、たくさん練習した。たくさん勉強もしたし、積極的に話しかけたよ? なのに。いっぱい努力したのに、ヒートはあたしを見てくれてなかったんだね。凄く、凄く凄く凄く残念。
 じゃあ、ヒートが見てたクララを殺せば、今度はあたしを見てくれるのかなぁ?

「あッ……!?」

 悲鳴まじりの苦悶の声が、クララから吐き出された。見ると、クララの腹部にいつの間に振り下ろしたのだろうあたしが振りかぶっていた包丁がふかぶかと突き刺さっていた。
 クララは体をくの字におって、目を見開いて、跪いた。咳き込むと同時に口から飛び散るのは、血。真っ赤な真っ赤な血。ヒートやバーン様と同じ、真っ赤な赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い血。
 体に突き刺さっている包丁を信じられないように見つめてから、あたしのほうを見上げた。その瞳には、ただ怯えだけが映っていた。なんだか凄く、不愉快になった。
 ヒートと結ばれたんでしょ。だったらもっと幸せそうな顔をしなさいよ。ヒートと結ばれたくせに、そんな不幸せな顔をするなんてあたしが許さない。ねえ、ねえクララ!

「……違うのよ、レアンッ……!」
「何が違うっていうの!? なんなのよ、ねえっ!」

 クララが、歯を食いしばりながらそう呟きにも満たない小さな声を吐き出した。けれどもそれはあたしの耳にもしっかりと届いていて、あたしを酷く不快にさせた。
 違う? 何よ今更。何が違うっていうの、ふざけないでよ。包丁を抜いてもう一度刺してやろうかと思い行動に移そうとした瞬間、クララが目の端に涙を滲ませながら吼えるような勢いで言い放った。

「本当は、私から言い寄ったのよッ! 付き合ってほしい、って! ヒートは『クララがそういうなら』っていいながら承諾してくれた! ヒートはね、私のことなんてきっとこれっぽちも好きじゃなかったのよッ!」

 ヒートは、クララのことが好きじゃなかった? 早口でいきなり捲くし立てられたせいもあるけれど、酷く理解に苦しんだ。何度も何度も憎いクララの言葉を頭の中で反芻させて、ようやく意味がつかめてきた。
 つまりヒートがクララと付き合ったのは、クララに言い寄られて。ヒートはクララのことが完全に好きじゃなかったのだから、もしかするとだけどあたしにも勝機があったわけかもしれないのか。
 愛していなかったんだね。ヒートはクララのことを愛していなかったんだね。『好きだよ』っていうのもクララのわがままに付き合わされて、なのかな。ねえそうなの、ヒート?
 そっか、もう答えられないよね。あたし、ヒートを殺しちゃったもん。……ヒートを、あたしは殺しちゃった。そっか。あはははは。もうヒートはいないのか。勝機があったかも、なんて思っても遅いのか。
 馬鹿だなあ。馬鹿だなあ、あたし。何一人で暴走してるんだろう。こんなこと、意味無かったじゃないの。

「……ばっかじゃないの」

 気がつけば、あたしの口からも洩れていた。無意識に腕が動いて、力尽きたかのように床に血を散らしながら倒れるクララの腹部から包丁を無理矢理抜いた。クララが苦痛の声を上げても、気にしなかった。
 包丁を振り上げる。そしてなんの躊躇いもなく振り下ろす。やっぱり、赤色って綺麗だなあ。ぼんやりとそんなことを思いながら、あたしはクララの体に包丁を刺したり抜いたりとても残酷な行為を何度も何度も何度も何度も繰り返した。

 ごめんね、ヒート。ごめんね、バーン様。ごめんね、クララ。

 あたしは、凄い馬鹿だったよ。ごめんね、ごめんね。あたし、どうすればいいだろうね。もうどうすることもできないね。だってあたし、人殺しだから。人を三人も、殺しちゃったもんね。
 ヒートがいるなら生きていけるかも、なんてことも思ったけどヒートはもういないもんね。嗚呼あたしは、本当に馬鹿だなあ。

 ねえ、ごめんね。本当に、ごめんね。

 血で余すところ無く真っ赤に染まった包丁を、自分の胸に突き立てた。酷い痛みが襲ってきて、口はすぐに血でいっぱいになった。それを感じたのも、一瞬のこと。あたしの視界は、すぐに白に包まれた。

 ごめんね、ごめんね。

 もし、さ。

 もし、あたしが生まれ変わることが許されるのなら。

 ヒートとまた出会って、ちゃんと恋したいな。

 バーン様とまた出会って、いっぱい喋りたいな。

 クララとまた出会って、親友になりたいな。

 ごめんね、ごめんね。結局最後まで、答えは出なかったよ。

 ううん、むしろ答えなんて無かったの。

 こんな、こんな愚かなあたしがさ。


 幸せとか、望んでいいのかな。

 ねえ、ヒート。

 教えてよ。


end.