二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- いびつな人形は狂った様に踊り果て ( No.16 )
- 日時: 2010/07/07 16:40
- 名前: 烈人 ◆ylmP.BhXlQ (ID: WPWjN3c4)
じんわりと、瞳から垂れた涙が枕元を濡らした。微かな冷たさを感じながら、不動はため息をつく。
大した会話もなく、少々の気まずさに囚われながら佐久間と源田が去った後。
ぽつん、と何故か一人でいるのが無性に寂しくなり、そのくせ一人でいたいと思う、おかしな気分。
そして何故か瞳から溢れ出てくる、ちゃんとした温もりを持った涙。視界は涙でぐちゃぐちゃに歪んでいて、白いだけの壁さえもはっきりと確認できない。
「……う……」
久しぶりだった。なんで今更、こんな気持ちになるのか。自分でことでありながらも、理解できなかった。
捨ててきたはずなのだ。自らの弱さや涙といった“邪魔”になるものは全部、捨ててきた。
なのに、何故? いくら考えても溢れ続ける涙が止まるわけでもなく、ただひたすらに大きな無力感が心の中にぽっかりと穴を開けているだけだ。
哀しかった。辛かった。悔しかった。自分が影山に操られているような気がして、それでもそれは事実で、怒りさえも生まれてこない。ひたすらの負の感情だけが、次々と溢れ出して来る。
それでも、嬉しかった。強さだけを求め他人のことなど気にかけなかった不動にとって、佐久間と源田の心配は自らが予想していないほど嬉しいものだった。
様々な感情が混ざり合って、滅茶苦茶に融け合わさっていく。
「————」
ぐちゃぐちゃな頭のままで、次第にまどろみが脳を侵食し始める。
夕食もまだだし、着替えすらしていない。まだ寝てはいけないと言い聞かせても、体は言うことを聞いてくれなかった。
まるで深い闇に引きずり込まれるようにして、不動は濡れた瞼を閉じた。
——強くなきゃだめよ。
——お父さんのように弱くてはだめ。
——強く、強く。
——強ければ、幸せなの。
——人から見下されることも、同情されることない。
——みじめな思いなんて、しなくてもすむの。
——だから、強くなくちゃいけない。
——お父さんのようになっちゃ、だめなの。
* * *
ばんばん、と荒々しくドアが叩かれる音に不動は目を覚ました。電気も付けっ放しで、窓も開けっ放しだ。
窓から差し込む光と小鳥の軽やかな囀りで、結局あの時から今まで眠っていたのだと悟る。
そしてノック——とはいえない乱暴なモノだったが——の音を靄が掛かったような意識のはっきりしない頭が、ようやく理解する。
この音は——、
返事をするのを躊躇った。あまりにも聞き覚えのあるノックの音で、背筋に寒気が走る。
嫌だ。駄目だ。返事をしてはいけない。嫌だ。駄目だ。アノヒトの言いなりになりたくない。嫌だ、駄目だ!
何を言われる? また練習をキツくするのか? 何故? アノヒトは何が目的だ? もうやめろ、嫌だ、嫌だ!
頭の中が必死にドアの向こうの存在を拒絶し、まだ完全に覚めきっていない脳がぐちゃぐちゃにかき回される。
今まで感じたことのない言いようの無い恐怖と怖気が体中を包み込み、思わずぎりぎりと歯を食いしばる。
怖かった。なんで今更こんな感情を持つのか。そんなことはわからなかったけれど、怖かった。
滅茶苦茶にかき回された頭で、必死にアノヒトを拒絶する。そんなことをしても、どうにもならないとわかっているのに。
「……不動、いるのだろう?」
ドアの向こうから、アノヒト——影山の声が響いてくる。体が硬直するのが、手に取るようにわかる。
答えるべきか。いや、答えなければいないと思ってこのままどこかへ行ってくれるかもしれない。
どうする? このまま黙っていればいい。このままこうしていればいい。答えなくていい。
——弱いのは、だめなの。
じわり、と不意に響いてくる声。頻繁に夢の中で語りかけてくる、懐かしいあの声。
しかし、それであり不動が最も嫌っている声。嫌い、というよりは受け付けない、のほうが正しいかもしれない。
幼い頃から呪文ように言い聞かされてきた言葉。父親を拒絶する、歪んだ愛情と愛憎の交じった言葉。
——お父さんみたいになっちゃだめよ。
——強くなくちゃ、意味ないの。
強くなりたいと、心の底から思った。呪いの言葉のように呟かれ続けるその言葉は、真・帝国学園の寮に入っても夢の中で呟かれ続けた。
辺りに反響し、声は消えずに延々となり続ける。その上に新たな声が重なって、全てを喰らい尽くしていく。
——強く、ならなければ。
強くならなければいけない。父のようになってはいけない。それはまるで呪縛のように、不動の足枷になっていた。
幼い頃から、今でも。逃れることのできない、永遠の呪縛。きっと解けることなんてないだろう、呪い。
「(——強く、ならなければ)」
力をくれた。影山は、力を与えてくれた。誰にも負けない、莫大な力を与えてくれた。
怖かった。いつかその力が失われることが、いつかその力が与えてもらえなくなることが、怖かった。
「……いるのだろう?」
問いかけ。じわりと精神を追い詰めてくる、総帥の声。
「…………ああ」
答えた。答えることしか、できなかった。
いびつな人形は、抗うことができなかった。
壊れかけた世界の中で、人形は欲す。
力だけを。力だけが、彼の全てだから。
いつかその力が与えられなくなることが、ただ怖かったから。
いびつな人形は、笑うこともできやしない。
(いつかきっと、消えてしまう)
——強くなくちゃ、
——強くなくちゃ、だめなの。
——お父さんみたいになったら、だめだよ。
- いびつな人形は狂った様に踊り果て