二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 【稲妻】快光メランコリック【話集】 ( No.171 )
日時: 2010/08/30 12:27
名前: 烈人 ◆ylmP.BhXlQ (ID: WPWjN3c4)

∇消えてみましたが



00.
 特に意味もなく、空を飛んでみた。「またなー」とかいう気の抜ける言葉だけを残して。ふわっと気持ち悪いほどの浮遊感が体をすっぽりと包み込んだ。体にいちいち触れ髪をなびかせていく少々キツいぐらいの風が心地良い。
 途中で酔うかなあ。車酔いとかはあまりしないけど、酔ったらなんていうか折角死ぬのに後味悪いよな。いや死ぬのに後味悪いとかそんなのどうでもいいかっつかそんなこと死んだら考えられねえよ。
 俺の体が空を切ってひたすら下へ落ちていくびゅーっみたいな音だけが耳を埋めていた。他の音は、何も聞こえない。俺の呼吸の音も、無論それより遥かに小さい鼓動の音も。鳥が鳴く声も、人々のざわめきも。
 その点に関してだけは、まあ愉快だなあとか思った。人々の暮らし中にいて、非日常を体験しつつけれども周囲から非難の目を向けられることも奇異な言葉を投げかけられることもない。
 日常の中から、完璧に離脱していた。世界が綺麗に切り取られたみたいな、なんか変な感じ。俺だけしか存在していないような、可笑しな可笑しな愉快な不愉快なごちゃごちゃっとしか意味不明な感じ。

 わあ、そういえばどれだけ落ちるんだっけ。


 俺、死ぬんだっけ。



01.
 逢引きとはデートのことで、ランデブーもデートのことだと知ったのはついさっきだった。逢引きは知っていたのだが、残念ながらカタカナには弱いためというかそもそもランデブーなんて言葉すら聞いたことはなく、まんまと誘い出されてしまったわけだ。
 誰々が誰々に好意を持っているとか学園内でもよく聞く話だけど、まさか俺がその対象となっているとは思いもしなかった。驚きとか正直そんなの感じなくて、なんだか全く実感が無かった。

「バーン様、」

 俺には好きな人がいるわけでもないし、とはいえこれといって付き合いたくないわけでがあることもなく。何をいえばいいのか、とりあえず『無理だ』とかでも言っておけばいいのか。
 そうあれやこれやと思考を巡らせていると、見事に俺を誘い出した……っつっても誘いだされたは実際俺なんだが。とりあえず、誘い出したクララがいつの間にか後ろに立っていた。
 エイリア学園から十五分程の距離にあり、実際よく利用しているデパートの屋上。クララに「ランデブーしませんか!」と半ば無理矢理に決められて、ここに至る。

「遅れてごめんなさい」
「いや、いいけど……それより、どういうことだよ?」

 とりあえず、さっさと話をつけて帰ろう。アイツが待ってるし、こんなところを万が一アイツに見られでもしたら俺恐らく華麗に宙を舞うことになるだろう。高さ何十メートルぐらいで。このデパートの高さと考えてもらって構わない。
 まだ十五年も生きてねえんだから今死んだらかなりもったいないような気がする。まあ人に突き落とされるなら殺されたことになるだろうから、地獄行きとかにゃならねえだろ。
 ……だから死んでもいいってわけでもないが。つか死にたくねえよ。

「どういうこと、とは?」
「だから……なんでいきなりデートとか」

 そういうのは付き合い始めてからするもんだろ、衝動的に誘うもんじゃないないない。っと俺の脳には記憶してある。そんなもん人によって違うだろうから大して意味は無いだろうが。
 少々焦り気味にそう尋ねると、クララが愉快そうに笑い声を上げた。部活では練習場所がばらばらだからかもしれないが、笑顔を見たのは両手の指で足りる数ぐらいじゃないだろうか。笑い声を聞いたのも。
 おしとやかな、サッカーとか外で走り回ってる感じには見えない。とはいえ俺はクララの実力を知っているが。グランほどではないがそれなりに白い肌が、余計にお嬢様のような雰囲気を醸し出している。
 笑顔はそれなりに可愛いと思う。というか可愛いって本気で思ったことはアイツ以外には無いためはっきりと俺だけでは断固しづらいが。良家のお嬢様という感じしかしない。

「そんなのバーン様のことが好きだからに決まってるじゃないですか」

 だったら人の都合は無視してもいいのか。愛は何よりも勝るとか思ってるやつ出てこい。
 全く悪びれるそぶりを見せずむしろほくほくとした笑顔でそういうクララに、まあ少しぐらいなら付き合ってやってもいいかなとか思ってしまった。なんか上から目線だが告白されてる身なのでよしとしよう。
 クララのことは嫌いではない。恋愛的に好きだというやつはいないものの、別に少しぐらいそこらをほっつき歩くならいいんじゃないかとかぼんやりと思った、

「……別にそこらを歩くぐらいならいいけど」

 その矢先。

「晴矢、あたしに黙ってどうしてこんなとこに来てるの?」

 あ。見つかった。あれ、今日は風邪で寝込んでなかったっけ。どうしてここにいるんだ。ぎぎ、そんな効果音が付きそうなぎこちない動作で屋上の扉のほうへと振り返った。見つかった。残念。こりゃー素直に飛び降りるしかないかな。
 とか思いつつ、アイツの顔色を伺ってみる。この際クララのことはどうでもいいや。自分の命のほうが大切なんです残念ながら。まあ人間ってそんなもんだろ。
 鬼のような形相っていうか、果てしない狂気と嫉妬を目に宿してアイツ——レアンが俺を睨みつける。寝巻きに見えなくもない格好の上に上着を羽織ってきており、寝込んでいたはずなのだがマスクは無し。

「なんでお前がここにいるんだよ」
「つけてきたからに決まってるでしょ」

 どうしようものかと尋ねてみると、即一蹴された。つまり尾行してたってわけか。ずっと、ずっと。朝レアンの部屋に顔出してヒート達と本屋寄って昼飯食べて、一人でこの屋上に来るまでずっと。
 それ、犯罪じゃねえか。いや、犯罪じゃないのか。とりあえず常人にはありえない行為だということだけははっきりしている。つまりコイツは常人じゃないのか。

「……レアン?」

 いぶかしむような声音でクララが言った。まあ、俺達の関係はみんなに知らせてないから当然か。今クララの目にはレアンは悪質なストーカーにでも見えてるに違いない。
 世間で俗に言われるカップルとかいう関係に落ち着いたのは、確か六年の夏休みのころだったような気がする。小学生のくせに、って突っ込まれそうだが実際そうなのだから仕方が無い。
 正直いうと俺がコイツへ向けているのは<愛情>というより<過保護>だ。小さい頃からの腐れ縁で、四年生以外はクラスがはずれたことはない。幼い頃のレアンは本当に情緒不安定だったなぁ、と今更ながらに思う。
 独りで長い時間いると、泣く。大きな音や怒鳴り声で、泣く。誰かが怒ったり泣いていると、泣く。真っ暗なところにいると、泣く。今では大分落ち着いてきたが、幼い頃は本当に酷かった。
 それで俺が色々とカバーしているうちに、現在へと至る、と。正直恋愛的感情なんてレアンに向けたことは一度も無い。ただ、守りたいだけ。兄が妹を守るように、守ることが使命のような気がしてならないだけだ。
 そんなレアンが、いまや守られるから追い詰めるになっているとは。

「レアン、」
「嘘つき」
「落ち着け、」
「嘘つき」
「レアン、」
「嘘つき」

 取りとめも無い会話にすらなっていない空虚な言葉だけが時折吹く涼しい風と共に流れ、飛び交う。嘘つき、嘘つき。そうだよ俺は嘘つきだよ。
 レアンを抱き締めて『好きだ』って言ったのも、『死にたいほど愛してる』とかいう馬鹿な台詞も、全部嘘だ。性格には<好き>というのは嘘ではない。
 けれどその<好き>は<恋愛>ではなく、親が子供に向けるような<愛情>だった。だからレアンに大きくなったら結婚しようねって言われても曖昧にはぐらかした。
 バーン様、と隣にいるクララが怪訝そうな、しかしいつもとは違うレアンの様子を感じ取ったのか不安そうに表情を歪めながら俺の名前を呼んだ。クララがここにいるのは、少々危ないかもしれない。

「クララ、お前は帰れ」
「え?」
「早く帰れ。お願いだから」

 今のレアンとクララを対峙させていたら、とんでもなく酷いことが起こりそうな予感しかしない。中一の夏休み、一緒に女子やら男子やらとプールへ行った時に女子に遊びで水の中に引き込まれ、意識を数時間ほどなくしていたというしゃれにならない出来事が起こった時のレアンは完璧に我を失っていた。
 引き摺り込んだ女子へとどこからか持ってきていたのかカッターを取り出して大きく振り上げ、突き刺そうとする寸前までいったことがある。
 そんな過去があるからこそ、どうしても、レアンとクララを対峙させておくことはできなかった。

「バーン様は、」
「俺はレアンを落ち着かせる。だからクララは早く行け」

 さっきから見えてるんだよ、レアン。お前が右手に持って背中に隠しているカッターナイフが。
 戸惑うクララを促して、屋上の扉の前に立つレアンへと一緒に歩いていく。キッと鋭い目付きで俺とクララを交互に睨みつけるレアンに、俺は大きく吼えた。

「そうだよ、俺は嘘つきだ。だからどうした? 人間が嘘をつくのは当たり前だろ」
「約束した! 約束したよね!? 絶対にあたしには嘘をつかないって、晴矢は誓ったッ!!」

 激情してつかつかともはや手に持っているカッターナイフを隠すことも忘れて歩み寄ってくるレアンに、俺はどうしようかとわずかに思考を巡らせる。どうにかしてクララを逃がさなければならない。
 クララもレアンの持っているカッターナイフに気付いたのか、小さく口から悲鳴が洩れた。明らかに常軌を逸してしまっているレアンとまともに会話するのは無謀にもほどがあるだろう。

「誓った? いつの話をしてんだよお前は。誓いなんて破るためにあるようなもんだろが」

 嘲笑気味にレアンに向かってそう吐き捨てると、レアンの目尻に涙が浮かんだ。カッターナイフが振り上げられる。それなりに距離は空いているものの、いつ急につめてくるかわからないのであまりこちらから近づくことはできない。
 かつ、かつ。レアンのサンダルが、擦れた音を立てる。クララの背中を押し、横へと離れるように促す。どうやらレアンはもう俺しか視界に入っていないのか、クララに目線を向けることは無かった。
 早くここから立ち去るように、クララに目線で促す。ゆっくりとできるだけ足音を立てないように扉へと歩いていき、クララは開けっ放しの扉の中へと滑り込む。
 良かった。安堵した瞬間、


「だいっきらい」


 腹部に、熱。