二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

いびつな人形は狂った様に踊り果て ( No.21 )
日時: 2010/07/07 22:26
名前: 烈人 ◆ylmP.BhXlQ (ID: WPWjN3c4)

 いびつな人形は、泣いていました。

 そこに射したのは、二筋の細い光でした。

         * * *

 こんこん、

 軽い、アノヒトとは違う優しい——という表現が正しいのかはわからないが——ノックの音。
 今日も、来てくれたのか。思わず痣だらけであろう顔が綻ぶのが、自分でもわかった。
 ずきずきと心臓の音にあわせて痛む右腕の傷が、立ち上がってドアを開けることを拒む。
 見ると先ほど巻いたばかりの真新しい包帯に、血が滲んでいた。結構傷が深いようで、血は止まる気配がない。

「……不動?」

 とりあえず返事だけをして、そのままベッドの上に座り壁にもたれかかる体勢で右腕の傷に左手を添える。
 じくじくと焼けるような痛みが時折交じり、厄介なことこの上なかった。
 きぃ、といつもの音とともにドアが開く。佐久間と源田が、少々不安そうな顔で入ってくる。

「腕、大丈夫か……?」
「……多分」

 源田に尋ねられ、とりあえずそう答えておく。大丈夫ではなかったが、騒ぐほどのことでもない。
 それに二人には、余計な心配を掛けたくなかった。

         * * *

 いびつな人形は、光に導かれていきました。

 二筋の明るい光は、いびつな人形を徐々にヒトへ変えていきました。

         * * *

 今度はぴりぴりとしたきり傷特有の痛みが走り始め、不動は思わず目を覚ました。否、目を覚ましたのはそれが理由なわけだけではない。
 むしろ痛みよりも、尚も彼を侵食し続ける“声”にうなされ目を覚ましたのだった。

 ——強く、

 ——強くなければいけないの。

 頭に反響する、生温かい母の声。彼を縛り付ける呪縛である母の声を振り切るように、彼は首を数度振った。
 無論それで振り切れるわけがなく、尚も声はねっとりと耳に残っているままだった。
 嗚呼、とため息をつく。やはり自分は、母の呪縛から逃れることができないのだ。
 それを改めて確認する。母のせいでは、無いはずなのだ。どちらかといえば、事業に失敗した父のせいか。
 そこまで考えて、徐々に昔のことを掘り起こしつつある思考を、不動はきっぱりと切り捨てる。

 そんなこと、考えるな。

 そう自分に言い聞かせ、再度ベッドに転がる。いつまでも、こんな調子じゃ駄目だ。いつかはきっと、振り切らなければならない。いつまでも囚われていては、駄目だ。
 初めて、努力しようと思えた。ああ、これもアイツらのおかげか——不動は苦笑しつつ、心の中で呟いた。
 
 ——強く、なるのよ。

 ——お父さんみたい……っ……め……

 ——つ……な……

 ——…………

          * * *

 いびつな人形は、やっと一歩踏み出しました。

 二筋の光は、手を取り合って喜びました。

          * * *

 聞こえない。目が覚めたばかりだというのに、頭は驚くほど澄み渡っていた。
 それに、聞こえなかった。目が覚めるたびに頭の中でがんがんと鳴り響いている母の声が、聞こえなかった。
 鳥が軽やかに囀る音だけが聞こえ、後は無音だった。忌まわしいあの女の声は、もう聞こえない。

 こんこん、

 囀りのように軽やかになるノックの音に、不動は顔を上げた。あの声が聞こえないという事実に、どこか困惑しているようだった。
 それもそうだろう。今まで自分を縛り付けていた縄が、いつの間にか解けていたのだから。

「不動ー? 起きてるかー?」

 優しいノックの音。優しい、“仲間”の声。そして解き放たれた、呪縛。

 優しい暖かな音に、つぅっと頬を涙が伝った。





(いびつな人形は、今、解き放たれた。)







                          - いびつな人形は狂った様に踊り果て happy end