二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 拝啓、大好きな貴女へ ( No.215 )
- 日時: 2010/09/09 21:27
- 名前: 宮園 紫奔 ◆ylmP.BhXlQ (ID: WPWjN3c4)
(いつかの涙と)
ぎゅう、とその華奢な体を抱き締めてみた。ぐい、と押しのけられる。余計に強く抱き締めてみると、右頬で痛みが灼熱した。カッターナイフなんてどこに隠し持ってやがったんだこの野朗! って叫んだら今度は頬肉じゃなく眼球を持ってかれそうだったんでやめておいた。
みちみち、という肉が引っ張られる音がやけに脳内に大きく響いた。ずず、という頬肉へとナイフの切っ先が沈み込んでいく生々しいおぞましい感触で、いやでも体中に鳥肌が立った。
真面目に、痛い。そりゃこれで痛くなければ感覚はもう手遅れなのだろうけれど。きりきり、と潜り込んでいくカッターナイフが軋む。今抜かれたら出血でショック死するかも……なんてねぇか。
とはいえ出血が酷いのは恐らく事実になるだろう。いや当たり前か。なにはともあれ、とりあえずコイツを落ち着かせなければいけない。さすがに、ずっとこの痛みに耐えれる気はしない。
「明王は、あたしのことが嫌いなの?」
不意に投げかけられた問いに、答えはしなかった。今口を動かせば痛みが爆発するであろうという恐怖に似た感情も交じっていたが、それよりぼんやりと頭にこびついたモノがあったからだった。
ここで突き放せば、忍は俺の前から消えてくれる?
そんなことを考えている自分に気がついて、どうせならもう失明させてくれと念じた。決めただろうに。誓っただろうに。ほぼ流れでだけど、付き合うと決まった時に。
絶対に、忍を母のように哀しませないと、泣かせないと、傷つけないと——誓っただろうが!
「あき、お」
ごめんさえも言えやしない。少しの言葉でも、忍に届けることができない。何故? そんなの考えてもわからなかったが、今の俺がどんなことを考えているのか——それだけは、ぼんやりとわかった。
俺は、忍に言ってしまいたいんだ。『好き』じゃなく、『大好き』だと。もはや依存していると言ってしまってもいいほど、好きになってしまったのだと。
額に、生温いなにかが触れた。そのなにかは、考えなくてもすぐにわかった。忍は、泣いてるんだ。何故? そんなのわかりきったことじゃないか。忍自身が口に出したじゃないか。
「ねえ、明王」
俺に嫌われてるんじゃないかって思って、それで泣いているんだろうが。俺は、いつまで逃げていれば気が済むのだろう。もう、誓いを破ったじゃないか。忍を泣かせた、傷つけたじゃないか。
不安に駆られて泣くほど、想ってくれている人がいるというのに。どうして俺は、こんなにも弱いんだろう。愚かなんだろう。馬鹿なんだろう。どうしてこんなにもちっぽけで、臆病者なのだろう。
もう、言ってしまえばいいだろうが。
言いたいと思いつつも、言い出せなかったこの言葉を。言ったら、きっと楽になれる。後悔とかするかもしれないけど、まずそれを乗り越えなければ始まらない。
いつまでも今のままじゃ駄目だと、わかっていたんだ。いつまでも過去のトラウマに縛られたままじゃ、どうにもできないと。もう、吹っ切ってしまえばいい。勇気を、出せ。
「——忍、」
戸惑うな。もう、伝えるだけでいい。その短い言葉で、全てが伝わるのだから。そしてきっと、全てを吹っ切ることができるのだから。それに、俺は——
コイツのことが、好きなのだから。ただの好きじゃなく、大好きなのだと。だったら、後は伝えるだけなのだ。
「愛してる」
大好きさえも、飛び越えて。今度こそは——嘘じゃないと、誓えるから。
(いつかの笑顔)