二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 脆弱エレンタリスト ( No.226 )
- 日時: 2010/09/21 21:38
- 名前: 宮園 紫奔 ◆ylmP.BhXlQ (ID: WPWjN3c4)
(まっさらな君にさよならを告げた)
‡脆弱エレンタリスト‡
「死んでしまえ」
「だったら一緒に死のうか?」
けらけらといつも通りの茶化す様子でそう言ってみる。案の定、鳩尾を殴られた。口から空気の塊を乱雑に吐き出しつつ、もつれかけた足取りをなんとか元に戻す。鈍痛が残っていて、気持ち悪い。
「お前はさっさと死に曝せ」
なんとなく、抱き締めてみた。意味は無い、衝動的な行為。華奢な体が腕の中にすっぽりと収まるより早く、青い綺麗な玲名の髪が自分の頬をくすぐるよりも早く、突き飛ばされた。
コンクリートの冷たい地面に倒れこみそうになるのを必死によろめいた足を奮い立たせて避け、笑いかけてみた。
「消えろ」
頬に鋭い痛みが走り、瞬間後ちりっと焼けたような痛みが右腕で灼熱した。頬を平手打ちされ、右腕に爪を突き立てられたのだろう。どくん、どくんと心臓が波打つ度に痛みが倍増して、きりきりと疼く。
「爆ぜろ」
長い、それでいて手入れのされた玲名の爪が右腕に異物感をはっきりと埋め込み、ぎりぎりと玲名の掌の中に収まった腕の関節が悲鳴を上げた。このままで十分もいれば、綺麗に鬱血するだろう。
再度、鳩尾に重い衝撃。しかし腕を掴まれているため、後ずさり体勢を立て直すことは許されない。必然と、その場にうずくまるようにして口から空気を吐き出すこととなった。
「飛び降りればいい」
とび、おりる。ああ、飛び降りるのか。どこから? どこだろう。ここは屋上なんだから、適当にどこからでも飛び降りれるよ、きっと。じゃあどこから落ちようか。
飛び降りてしまえばいい、ねえ。そうか、じゃあ飛び降りてみようか。飛び降りる、イコール死ぬ。まあ、どうでもいいか。もうジェネシス計画は破綻したから、誰かに何か使命を託されているわけではない。
ほら、やっとこの世界からさよならできるじゃないか。良かったね、もう無駄に生かされないですむんだよ。自由になれるんだ。良かったね良かったね良かったね良かったね何が良かったんだよ。
「死んで、しまえ」
右腕に埋め込まれていた異物感が、玲名の爪が取り除かれた。だん、と強く肩を押される。よろめいて、特に抵抗もせぬままふらふらと後方へ歩く。がつん、と背中に何かがぶつかった。
鉄格子だった。申し訳程度に設置された、さほど体力を消耗させずに乗り越えることのできる鉄格子。
てつごーしに、手を掛けた。
ひんやりと、鉄独特のつめたさが骨の髄まで染みていく。
うでに、あしに、力をこめてみた。
ふわり、
そんな、浮遊感。
ぎゅん、と世界が歪んで、ぐちゃぐちゃにとけた、ように見えた。
すとん。軽い足音と共に、鉄格子を越えた先にある二十センチもない小さな足場に降り立つ。今すぐ飛び降りることができる。玲名に言われたことを、一秒も掛からないで実践することができる。
さぁ、どうしようか。このまま落ちてしまうのもなんだか味気無い気がしたから、玲名のほうを振り返ってみた。
「ひろ、と」
掠れた声が、玲名から放たれた。小刻みに体が震えていて、心なしか顔は青ざめている。どこか唖然とした、先程までの鋭利な張り詰めた表情とはかけ離れた、驚愕の表情だった。
なんだか、酷くつまらなく感じた。玲名が拒絶と欲どおしいのを繰り返すのは、いつものことだ。見飽きた、聴き厭きた、いつもの光景、風景、背景。さて、どうしようか。
このまま落ちてしまえば、まあ四階建ての学校の屋上からなのだから恐らく死ぬことはできる。死ぬことができなくても、まあ植物状態とかになるんじゃないだろうか。多分、絶命できる。
遣り残したこと——ぱっと思いつかない。生きる理由——これも同じ。なんか頼まれごととか使命とか——なにも、言われてないなあ。生きてるんじゃない、きっと今自分は、生かされてるんだ。
「りゆう、」
せめて、何か理由が見つけれれば、生きる理由が見つけれれば、生きてられるのにね。死んでしまえといわれて、特に生きる意気も無いから死のうと思った。いくらでも綺麗事をぶつけられそうな自論だ、全く。
だって、こんなにも世界が無機質なモノだとは知らなかったんだ。お父様のため、お父様のため。今までそれだけを思考に組み込んで生きてきた俺達には、お父様がいなくなったら何をすればいいかわからないのだ。
「ヒロト、」
先程よりは落ち着いた冷静を取り戻した表情で、玲名が俺へと近づいてくる。果たして、どうしたものか。このまま飛び降りてやればいいのか、それとも向こうへ戻ればいいのか。
でも、言われたんだよねえ。玲名自身にさ、死んでしまえって、言われたんだよねえ。子供の屁理屈かよ、と突っ込まれそうな思考を繰り広げてみる。凄く無駄な時間だった。
「玲名は、さ」
暇だから、退屈だから、何をすればいいかわからなくなってきたから、なんとなく玲名に声を掛けてみた。訝しげな感情と、少々の怯えが入り混じった小動物みたいな表情がくっきりと玲名の顔に浮かび上がった。
可愛い、なあ。本能的に、そう思う。別に自分の意思じゃなくて、人間的に。唐突に思ったものだから、正直自分でも戸惑ってしまった感がある。あー、まだこんな感情残ってたのか。
「俺のこと、きらい?」
何を聞いているんだろう。何を尋ねているのだろう。何を意味も無いことを、無駄に玲名の思考を煩わせるだけのことを問うているのだろう。その返事を聞いて、果たしてどうなるというのか。
かつかつと静かな靴音を立てて、鉄格子をはさんで玲名が近づいてくる。表情は、張り詰めているような少々厳しいもので、先程までの戸惑いや驚愕といったものは全て綺麗に取り除かれていた。
玲名の淡いピンク色の唇が、ナニカの言葉を形作って——
とん、
肩に、軽い衝撃。ぐらり、と体の重心が後ろ——なんの足場も無い、ただ無機質に空気だけが広がっている空間へと落ちる。玲名の指先が、右肩を軽く突いた。こんな不安定な足場でバランスを崩させるには、それだけで十分だった。
浮遊感が、鉄格子を飛び越えた時とは比べ物にならない浮遊感が、からだを、すべて、を、つつみ、こ——
れいなは、ひどくさびしそうなかおでないていた。
(まっさらな君にばいばいと手を振った)