二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

お題 01.草冠 * ガゼクラ 甘め ( No.276 )
日時: 2010/11/04 20:49
名前: 宮園 紫奔 ◆ylmP.BhXlQ (ID: WPWjN3c4)

憎らしいきみに————

    *草冠 - 雪色の幸福と


「ガゼル様、外、行きませんか? 今、雪降ってるんです」

 にっこりと可愛らしい笑みを浮かべて、クララがそういった。クララはちらほらと雪の降る窓の外を指差し、嬉しそうに笑った。今日の練習は終了し、今は六時近い。冬真っ盛りな時期であることも加わり、外は真っ暗に近かった。
 恐らく酷く寒いだろうが、ガゼルがクララの誘いを断ることは無かった。彼は思わずクララにつられて柔らかい笑みを浮かべて、立ち上がる。ユニフォームの上に上着を羽織っただけの格好ではさすがに寒いと感じたのか、かたわらにほっぽってあった二組のマフラーと手袋を手に取る。
 そのうち銀色のマフラーとピンクの手袋のほうをクララに手渡し、外へ出る準備をする。マフラーと手袋を受け取ると、クララは楽しそうにガゼルに話しかけた。

「久しぶりですね、雪見るの」
「今年も見れて、よかったな」

 些細な会話を交わしながら準備を終え、部屋から出るとすぐに襲い掛かってくるであろう冷気に身構えて、二人は部屋から廊下へと続く扉を開いた。予想通りの寒さに、思わず苦笑が洩れる。
 それでも彼は、外へ行こうと思うのをやめたいとは思わなかった。久しぶりに雪が降ってきたというのもあるが、何よりクララの誘いだったからだ。今日は比較的はやめに練習が終わったが、毎日このような時間帯に終わるわけではない。
 練習絡めの毎日だが、それなりに自由にできる時間はあるものの——雪が降っている時に外へ出ることは、あまりできない。確かに暗く寒いが、それなりに貴重なことである。
 外の寒さを想像して小さな溜息をつきながらも、笑顔を絶やすことは無かった。


 外は予想以上に寒かった。雪が降っているせいで普段より気温は下がり、さらに小刻みに風が吹き付けてくる。雪を眺めてのんびりするのには、あまり向かない様子だった。それでも二人は歩む足を少しも遅めずに、先程自分達がいた部屋のところまで足を運んだ。
 そこは寮となっているエイリア学園のガゼルの部屋で、クララは雪が降っていることを知りガゼルを誘いに行ったのだった。少々突き出した屋根の下の、濡れていない箇所を探す。
 案の定雪は先程降り始めたばかりで、ほぼ濡れてはいなかった。二人は窓に身を預けつつ、冷えたコンクリートに腰を下ろした。実際ならこんなところに座ることはないのだが、二人はごく自然にそうした。
 誰が意図したわけでもなく、ゆっくりと座って寄り添えるから。

「綺麗ね。やっぱり私、雪は好き」
「そうだな。冬の寒さはそこまで好きじゃないが、私も雪は好きだ」
「雪が好きだから、冬も好き?」

 からかうような調子のクララの言葉に、ガゼルはゆったりと微笑んだ。そしてどこか自嘲気味に、視線を次々と舞い降りてくる雪の粒達へと彷徨わせながら、小さな声で答えた。

「その前に私達は、ダイヤモンドダストだろう」
「そうね」

 ダイヤモンドダストなのに冬が苦手でどうするんだ、とそんな意味の苦笑を交えてクララが返事をする。とはいえ、個々に季節の好き嫌いがあるのは仕方がないことなのだが。
 まるで皮肉のような言葉だったと、ガゼルは内心かすかに自重する。しかしクララは面白がっているようで、大して気にも留めていないようだ。今だけは練習のことは忘れようと、苦笑気味に思う。
 寮から出、それなりにエイリアのサッカーの現状から離れることができ、クララの口調はいつもの調子に戻っていた。そのことにささやかな開放感を覚えて、クララは言う。

「ねえ風介、雪、積もったらいいね」
「積もったら、みんなで雪合戦でもしようか」

 その開放感を確かなものにするために、クララはガゼルを風介と呼んだ。ガゼルはその意図に気付き、そっと目を伏せてから答えた。長い間溜め込まれていた安堵の息が、独りでに洩れた。
 目線をわずかに下へと傾けた時、ガゼルはコンクリートとは打って変わって違う生き生きとした彩を見つけ、思わず目を見張る。コンクリートと壁の微量の隙間から、鮮やかな——今は少々しおれてしまっているものの——黄色のタンポポが顔を覗かせていた。

「あ、タンポポ」

 ガゼルの視線を追いタンポポに気付いたクララが、嬉しそうに声を洩らした。時折こんな寒い時期でもタンポポが生えているのを、彼らは何度か目にしたことがある。そのたびに驚き、喜んだ記憶を覚えていた。
 よく見るとタンポポの周辺にも、細く短いながらも草が生えていた。草花はとっくに枯れてしまっているだろうとあまり自然の緑を最近目にしていなかったせいで、無性に懐かしく温かいものに思えてくる。

「……強いな」

 ぽつりと、ガゼルの口から言葉が洩れた。なににも頼らずとも、しっかりと生きている——そんな草花の様子を見て、口の中に苦いものが込み上げてくることに、二人は気付いていた。
 クララは目を細めて、雪へと視線を戻した。ぽつりぽつり降ってきていた雪の勢いはだいぶ衰え、十分目で一つ一つの雪を追えるほどになっていた。もうすぐ、止んでしまうだろう。

「——春になったら、」

 不意に、ガゼルが言う。ふっとクララは視線をガゼルに向けて、続きを待った。強かで柔らかい、それでいてどこか空虚な笑みを浮かべて、ガゼルはクララに告げた。

「お前に、草冠を作って送ろう」

 ——いくらかの、花も添えて。
 少し声量を落としてそう付け加えたガゼルに、クララは嬉しそうに微笑みかけた。まるで憎らしいほどに幸せそうに微笑むクララの髪を、ガゼルは指で梳いた。
 
 雪が、止んだ。

(全ての幸福を、貴女に)


end.