二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

お題 02.水鏡 * ふどたか ( No.278 )
日時: 2010/11/05 17:30
名前: 宮園 紫奔 ◆ylmP.BhXlQ (ID: WPWjN3c4)

憎らしいほどに、ぼくときみは————

    *水鏡 - 偽りの幻想


「また泣いているのか」

 不意に不動の声が上から降ってきて、思わず自分でも過剰と思える反応を取ってしまう。手にしていたカッターナイフの刃の長く伸ばし、なんの躊躇いなく不動の声がしたほうへ突き出す。
 結構危険な行為だとはわかっていたけれど、半ば脊髄反射なのだから仕方が無い。ということに、しておきたい。あたしは別に、不動に殺意があったわけではないのだから。むしろ逆に、あたしは不動がいないと、きっと生きられないだろう。
 腕で涙を拭ってカッターナイフを持っている腕を下ろして、振り向く。不動は呆れたような、それでいて気にかけるような視線をあたしに向けていた。もしさっきのあたしの行動で不動が怪我を負っていたとしても、きっとその視線は変わらないだろう。
 卑怯なことに、あたしは知っているから。あたしと不動は、まるで水鏡のようにそっくりだということを。容姿のことではなく、性格や感情や内心や——そんな、内側のこと。

「どうせあんたも、泣いてたんでしょ」

 似すぎていて、気持ちが悪いくらい。入れ替わって生活しても、誰にも気付かれないぐらい。不快感も違和感もなにもなく、問題なく過ごせるぐらい。そりゃもう、内面だけ双子じゃないかと思うぐらい。
 というのは全てあたしの想像なのだけれど、当たっているような気しかしない。一秒不動と時間を共にするたびに、脳髄を麻痺させるようにじんわりとその事実が伝わってくる。
 “あたしと不動は似ている”、というはっきりとあたしも不動も自覚している事実を。別にそれを、不快に感じるわけではない。どうでもいいと思っているし、似ていて少しは嬉しいかもしれないとか思っていたりもする。

「は、お前と一緒にすんなよ」

 それでも似すぎているというのは、少々居心地が悪いことで。相手の考えていることも感じていることも先の言葉もほぼ予測できてしまうから、まるでドッペルゲンガーと対峙しているみたい。
 不動はきっと泣いていた。あたしと同じで、過去の拘束に苦しんでいた。きっと、なんていわなくても、不動が目の前にいるのだから涙の跡を見ればすぐにわかる。強がって強がって、結局こわれた不動。結局こわれた、あたし。

「あたしはいいよ、別に」
「……何がだよ?」

 予測されない言葉を吐き出されて、困惑を顕にする不動。そりゃそうだよ、あたしが今までずっと言いたくても言えなかった言葉なんだから。あたしも不動も、言いたくて言えなかった。お互いを許しあうための、その一歩である言葉が。
 不動があたしを好いてくれているかどうかなんて関係ない。ただそこにあるのは、空虚なこの事実だけ。人の感情や思想なんてお構いなしにぽつんと芽吹いたのは、

「明王と何もかもが一緒でも」

 そんな、“恋”とか“愛”とか——恋慕に似た、違和感だけ。
 たとえ水鏡のようなあたしと不動の関係が、偽りの幻想だとしても。

 きっと、その違和感は消えない。

(水面の映した世界)


end.