二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

delete / 一秋円で弱虫モンブラン ( No.364 )
日時: 2011/02/24 14:48
名前: 宮園 ◆ylmP.BhXlQ (ID: WPWjN3c4)

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 吹きつけ髪を舞わせる風は、ひどく涼しくてさわりのいい、心地良いものだった。心が洗われていくとか、そういう表現が似合うような。今までとは違う、すっきりとした爽やかな気分。目の前に広がり風でそよぐこの景色は、間違いなく幼い頃に何度も見たもの。懐かしさがこみ上げ、同時に埋もれていた悲壮感が顔を出した。ああ、キミとこの景色をもう一度見ることはできなかったね。ぼんやりと胸中でつぶやくと、目頭がつんと熱くなってくるのがわかった。じんわりとぼやけてくる視界に、ひどく自分は情けないと思う。いつまで経っても吹っ切れない、キミのこと。日本に来てみたらなにか変わるのかなぁって期待しなけれど、どうやら私は全然変われないみたい。でもそれはまだ私がキミのことを本当に好きだっていう証で、またそれがキミと過ごした日々の証にもなっているような気がして。忘れたくないよ。キミのことは忘れたくないけど、吹っ切りたいんだ。いつまでもこのままじゃいけないと、わかってるから。

「……一之瀬くん」

 ねえ、一之瀬くん。私はキミから、抜け出せることができるのかな。キミのその明るい笑顔から、快活な声から、私に触れるその温もりから、きれいなその瞳から。もうキミは、いないんだもの。いつまでのキミという存在に縋っているわけにはいなくて、でも縋らないわけにもいかない。ああ私は、どうすればいいのかな。全部全部、私が弱いからいけないってことはわかってる。そんな弱虫な私を支えてくれていたのがキミで、私はキミがいなくなったらどうなるんだろうと時々考えることもあった。
 ——キミは実際、いなくなってしまって。
 どうなるんだろう、そんな予想はほとんど当たらなかった。きっとずっと泣きわめくのだろう、いつまでたっても忘れられない、いや、忘れないのだろう。そんなことをずっと考えていたけれど、実際は違った。泣きわめくことなんてしなくて、ただ嗚咽を押し殺してかすかな涙を絞り出そうとしているだけ。感情の波に呑まれてしまったかのように、不思議と涙はそれほどまででなかった。忘れない、ずっと一之瀬くんのことを覚えているだろう。そんな予想も、はずれた。確かに覚えていたいとは思う、忘れたくなんてないとは思う。でも、それはずっとなの? ずっとずっと、こんな悲しい感情だけを抱えて、果たして私は報われぬ想いを抱き続けていたいの? ああ、わからないな。一之瀬くん、ねえ一之瀬くん。ごめんね、私はずっとキミに甘えっぱなしだったね。できることなら、もう一度逢いたいよ。もう一度逢って、今度はちゃんとこの気持ちを伝えたいよ。もう甘えないから、自分で頑張るから、ねえ一之瀬くん、もう一度だけでもいいから、私の前に現れてよ。キミに、逢いたい。
 
 もう届くはずないのに。ただの一方通行な想いなのに。それでも届いてほしいと願い続ける私は、とんでもない馬鹿なのでしょうか。いつまでもキミに縋って抜け出せない、ふとしたことでキミのことを思い出してずっと泣いてる私のままなのでしょうか。

 今まで一之瀬くんと過ごした時間が、消えて、見えなくなっていく。日々を、時間を重ねるたびに、痛いほどにそれを感じていた。だって今だって、頭の片隅には、きみのことが浮かんでいるんだもの。とてもキミに似ているきみのことが、脳内を侵しつつある。ああ私はキミのことが好きなのにと私はあわてたけれど、それと同じ感情がきみに対して生まれていることは気づいていた。だめなのに、キミが一番でなくちゃいけないのに。もう上書きされることのない思い出は、忘れてしまえばなくなってしまうのに。
 もう離れていかないで。ねえ一之瀬くん、ここにいてよ。確かに私の心はそう叫んでいるはずなのに、なのに、なのに、きみのことが頭に思い浮かぶんだ。キミと似た笑顔をしてサッカーボールを抱えて私に声をかける、きみのことが。私はきみのことが、好きなの? 一之瀬くん以上に、好きだというの? だめだよ、そんなことになったら。そんなことになったら、一之瀬くんとの思い出がすべて消えてしまう。だめ、だめなの。

「秋!」

 でもね、きみが私の名前を呼ぶたびにね、確かにキミの面影をきみに重ねてるってことがわかるんだ。
 
 ねえ、円堂くん。きみは、私の前からいなくならない?