二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

いびつな人形は狂った様に踊り果て ( No.7 )
日時: 2010/07/06 16:37
名前: 烈人 ◆ylmP.BhXlQ (ID: WPWjN3c4)

 だんっ、と荒々しい音を立てながら壁にぶつかる。鳩尾に、靴を履いたままの蹴りが突き刺さる。
 空気が口から押し出され、同時に血が飛び散る。もはや抵抗する気力も失った不動は、壁に背中を預け俯いていた。
 ところどころ血で赤く汚れた白い床だけを見据えているが——その瞳には、何も映ってはいない。
 全力疾走を何時間も繰り返した後のような、むせ返りそうな呼吸を時折咳を交え繰り返す。
 
「————」

 そんな不動を狂気だけに塗れた瞳で見下ろしながら、影山は言葉を放つ。
 喜怒哀楽。そのどれも浮かんでいない、ただひたすらな“狂気”だけの表情で、無機質に言葉を紡ぐ。

「……言った通りに指示しろ。わかったか?」

 その言葉に、不動が俯いていた顔を上げる。キッと影山を睨みつけたが、すぐに瞳は何も映さなくなる。
 いくら抵抗したとしても、無駄だということはとっくの昔にわかっていたことだ。
 それでも抵抗を続けるのは、彼のどこかに残っている“人間としての心”が影山の言うことを拒否しているからだろう。
 けれど。抵抗しても、結局最後は言う通りにする。そうでなければ、何も与えられないからだ。

「…………わかったよ」

 半ば投げやりに呟かれた言葉に、影山は酷く満足そうな様子で不動を一瞥した。
 がんっ、と不動は右手を握り締め、爪が肉に突き刺さるのも構わず拳を床へと叩き付けた。
 麻痺したような鈍いじんわりとした痛みが、拳を伝って脳を侵していった。

         * * *

 目の前の扉の向こうで、何が行われているのか。そんなこと、考えなくてもわかる。
 壁を殴りつけるような音に、なにかがぽたぽたと滴る音、荒々しい音。
 しかし、どうすることもできない。恐らく彼らが入っていったほうが、暴力は余計に酷くなるだけだろう。
 それがわかっていたから、どうすることもできなかった。助けたかった。今すぐにでも連れ出したかった。
 それでも、無理だった。不安を滲ませた目で扉を見据える二人——佐久間と源田は、不動明王のことを知っていたから。
 彼が望むモノも、彼がどうしてエイリア石に手を出したのかも、彼の自分達に対する思いやりも、全て知っている。
 
 だからこそ、助けることはできなかった。

「……なあ、源田」

 怒りとも哀しみとも助けられない罪悪感ともつかない声色で、佐久間がぽつりと言った。
 大きく裂けた眼帯から除く橙色の濁った瞳は、ただひたすらに扉を——否、扉の向こうを睨みつけていた。
 
「俺達、結局弱いままだよな」

 わかっていたのだ。こんなことをしても、何にもならないと。道具に頼って強くなっても、何も変わらないと。
 確かに強くはなる。それでも、ただそれだけ。偽りの強さ。果たしてそれで勝って、本当の喜びが手に入るのか。
 いけないことだとはわかっていた。けれど、不動に声を掛けられた時、佐久間と源田はその力を手に入れたいと願った。
 
「……今は、なにもできない」

 きっと、不動はそんな状態だったのだろう。それほど長くはないが、不動といくらか過ごしてきてそんな結論にたどり着いた。
 源田から発せられた言葉に、佐久間は顔を顰めた——それは源田に対する怒りではなく、自らに対する怒りで——が、実際はその通りでしかない。
 ぎり、と強く噛み締められた奥歯が音を立てた。

         * * *