二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 桜風 ( No.609 )
- 日時: 2010/12/13 22:20
- 名前: 氷橙風 ◆inazumaCHw (ID: yjS9W/Zh)
ざあっ、
と大きく風が吹いた。それによって一気に舞い散る薄桃色に染まった花弁が渦をつくる。その中で妖夢は、綺麗に肩の上で切り揃えられた銀髪を風に任せながらどこかをぼんやりと見ていた。
焦点は定まっているが、まるで何も見ていないかのようにしかし何かの奥を覗き込んでいるかのように、その視線の先はどこに向かっているのかまったくわからない。
おそらくそれは本人にもわからないのだろう。透き通った翡翠色の瞳を瞬きさせることすら忘れ、彼女はただ深く何かを考えているようだった。
さあっ、
と緩く風が吹いた。さっきとは違い、落ちている花弁を少し舞い上がらせる程度のもので、妖夢も気にはしない——とはいっても、さっきの大きな風の時も眼中になかったようだが——様子だ。
何時間も経ったかのように感じられる数秒後、妖夢は何を考えたのか一回ゆっくりと瞬きをすると、腰にさしていた刀を抜き。それによっておきた風で、妖夢の周りに浮かんでいる白い幽霊が少しぶれたが、すぐに元通りにふよふよと浮かび続けた。
その動きは洗練されまったく無駄な動きなどなく、しなやかに、しかしはっきりとしているものだった。
「(——私に、あの人を守ることはできるの?)」
差し込む光が僅かな中でも切先が煌く刀は、美しいという表現がぴったりであり、またその刀をただただ見つめる妖夢も美しいのである。それは容姿に限らず、彼女の真っ直ぐな心を表す美しさなのだろうか。
「(私のこの小さな力で、今のままで、いいの?)」
まだ年齢は幼くとも強い意志がはっきりと瞳に印されている少女は、目を伏せ、そして細い首を動かし上を見上げた。
何本あるのか数えるのも面倒なほど無数にある桜には、どれも威厳と風格が漂っている。それでいて儚さと美しさが、時折散る花弁から香りのようにうっすらと感じられるのだ。
妖夢が桜を見ながら、深く深く溜息をついた時——
「妖夢ー? お団子持ってきてー」
おっとりとしながらもよく透る声が、彼女を呼んだ。
途端妖夢は夢から覚めたようにハッとし、すぐに後ろを振りかえる。数回瞬きをすると、張りつめていた空気を緩やかにし、瞳を緩め、口角を僅かにあげた。
「……今行きますね、幽々子様」
これまた洗練された動きで刀を鞘にしまい、何の迷いもなく声の方向へと向かって走り出す。
澄んだ銀色の彩りを放つ髪が、さらりと揺れた。
( ただ、傍にいればいい。 )