二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

 それは綺麗な春でした  ( No.663 )
日時: 2011/01/07 14:51
名前: 氷橙風 ◆inazumaCHw (ID: yjS9W/Zh)

「ふどーせんぱーい!」

 宿舎の古い木の廊下が、ぎしぎしと鳴る。『走らないでください』とマッキーペンで書かれた張り紙があるのにもかかわらず、軽快な足音と元気な声を響かせるのはやはりあいつだろうか——そんなことを考えながら、不動は後ろを振り向いた。

「……なんだよ」

 面倒くさそうに彼がそう呟くと、その声の主——音無は特に息を切らせた様子もなく、明るい笑顔で溌剌と答える。勿論、返ってくる不動の言葉はいつもと変わらず煩わしそうなものなのだが。

「いえ、ちょっと姿が見えたので! どこ行くんですか?」
「どこでもいいだろんなもん」

 今は自由時間。イナズマジャパンのメンバーは、それぞれがそれぞれに自由に過ごしていた。適当に喋っている者や読書をする者もいれば、自主練に励む者もいる。そんな中不動は、適当にぶらぶらと宿舎の中を歩いていた。
 つまり、「どこでもいいだろ」というのは単に教えたくないだけではなく彼自身もわかっていなかったからだろう。

「……じゃ、お前は仲良くマネージャーと話してろよ」
「あ、待ってくださいよー!」

 これ以上時間を割くのは勿体ない、とでも言うかのように、ふいっと背中を向けた不動を慌てて音無が引き止める。
 あまりそういうことには慣れていないのか、びくっと足を止めた不動。そんな彼に音無は駆け寄って、不思議そうに尋ねた。

「……なんでいっつも一人でいるんですか?」

 不思議そうに——少し、悲しそうに。もともと人と関わることが少ない不動は、そんな表情の女子にどう答えればいいのかなどわからず焦り始める。音無はじっと不動の目を見て、ぽつぽつと、しかしはっきりと言葉をつづけた。

「お兄ちゃん、心配してるんですよ。お兄ちゃんってああいう人だから、口には出さないけど……それにそれに、佐久間先輩だってそうですっ」
「な、」
「……私も、ですよ」

 音無と不動は、明らかに正反対の性格だ。明るく賑やかで元気がある音無が、なぜ自分のことを気に留めるのだろうと、不動の中でぼんやりと疑問が生じる。が、不動はそれよりも今のこの状況をどうすればいいのかと目まぐるしく脳を回転させていた。

「……えへへっ」

 ふと聞こえた可愛らしい声に、びくっとして不動は前を見ると、

「だから、ちゃーんと皆と一緒にいてくださいね!」
「え、は、」

 音無がにこっといつも通りの笑顔を咲かせていた。急な表情の変化にさらに戸惑っているうちに、音無は軽く会釈し来た方向にかけ出していく。
 呆気にとられて数回瞬きだけをしていた不動だが、少し経つと、

「……あのおせっかいが」

 僅かに、口元を綻ばせた。



春不ってよくね?