二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: ドラゴンクエストⅨ __永遠の記憶を、空に捧ぐ。 ( No.700 )
- 日時: 2012/12/10 22:29
- 名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)
——拳を握りしめながら。
聖騎士は、闘匠は、顔を上げた。
なんのために、聖騎士となった?
なんのために、闘匠となった?
なんのために、ここまで来た?
——仲間を、守る。
対にして同じ立場。何かを守るもの。
そう、仲間だ。今は、仲間だ。過去など関係ない。
——シェナ。
昔ガナンに手を貸していたと言ったって、今はそうじゃない。
共に並び、魔帝国に立ち向かう者。
——あぁ、何を迷っていたのだろう。
マルヴィナだって。
彼女の本性を理由に共に戦うことを拒否したところで、彼女は絶対に承諾しない。だろう、ではない。断言する。
最後まで戦い抜く。彼女の信ずるものに誓って。
ならば、答えは決まっている。
自分たちの過ごしてきた時を、結ばれた絆を、敵の人間などに壊されてたまるか。
「「————戦う」」
——これが自分たちの、答えだ。
(——キルガ、セリアス、シェナ——)
牢の中で。
マルヴィナは、寒さに震えながら、それでも強く眸を閃かせた。
アギロのいびきを壁越しの右に聞きながら、ぎゅっと腕をおさえた。傷を負わされていた、腕を。
…自分ひとりじゃ何もできない。自分は弱い。
少々頼るということはしても、決して依存なんかしない。幼き頃、その境遇—異常時期に送られた天使—より
一部から煙たがられていた過去を持つマルヴィナは、いつしか無意識にそう考えるようになっていた。
——はずだったのに。
こんなにも、心細いなんて。
——あなたたちは、こんなわたしを、どう思いますか。
勝手に先走って、敵の手に落ちて。そんなわたしを、どう言いますか。
無謀だと、馬鹿だと、言うのでしょうか。思うのでしょうか。
——それでも、一緒に戦ってくれるでしょうか。
…それとも。
この考えが、馬鹿でしょうか?
…思ってもいいですか。
きっと共に戦ってくれると。
厚かましく、自惚れてもいいですか。
・・・・ ・・・
マルヴィナは顔を上げた。何もない天井を見て、無感情に、笑った。
いつから自分は、これほど弱くなったのだろう?
腕をおさえ続け、寒さに歯を鳴らしながら。マルヴィナは目を閉じた。
涙とは一体、どこから生まれるのだろう。
どうしてこんなに流しても、無くならないのだろう。
けれど、涙が枯れることが、怖かった。枯れたら、消えた涙とともに、感情も消え去ってしまいそうだったから。
でも、涙を流すことも、怖かった。頬を伝って顎から落ちる水が、真っ赤ではないかと思ってしまうから。
何度も、擦ってしまうから。
——まるで。後悔が波となって押し寄せて、その波が瞳から零れ落ちているようで。
だから、止まらない。後悔は、止められない感情だから。
——だから——
「——シェナ!」
肩が震えた。それは今は聞きたくない声の一つだった。強く歯を食いしばり、シェナは耳を塞いで蹲った。
嫌だ。聞きたくない。怖かった。何よりも、怖かった——
「シェナ、開けてくれ」
シェナは動かなかった。開けるべきだと思っていながら、開けるのを拒みたかった。
——声は聞こえていた。
自分が、耳を塞ぎ切っていなかったことに、彼女は気づいていなかった。感情が矛盾しすぎて、
もう何がどうなっているのか、わからなかった。
「…このままでいいのかよ。あいつらに好き勝手させておいて、このまま終わっていいのかよ」
…いいよ。答えてやろうかと思った。実際に口は開いた。けれど、言わなかった。
怖い。何もかもが、怖い。もう、戦いたくなかった。
「ケルシュさんが言ってたじゃないか、希望だって。ケルシュさんの思いをないがしろにする気なのか」
「勝手に押し付けないで!」気付いたら、反論していた。「…やめてよ。…もう、やめてよ」
答えはなかった。どうして何も言わないのかと思ってしまった。
答えてほしくないはずなのに。このまま放っておいてほしいはずなのに。それなのに、
涙の代わりにずっと溜め込んでいた言葉が、溢れ出してくる。
「お願いだからもう放っておいて。押し付けないで! …なんなのよ、貴方だって聞いたでしょう。
私は帝国側に着いたのよ。敵だったのよ!」
「関係ねぇだろ!」ずっと大きな声で封じられた。「過去の話だろ。今は一緒に戦っているじゃないか!」
「信じないで」シェナの声が今度は小さくなった。「…戦えない。もう、一緒に戦うなんてこと、できない」
「…じゃあ、帝国側に居たら、戦えるって言うのかよ」
「そうじゃない!!」今までで一番大きな声だった。「あんなところ、戻りたくない」
扉越しに。セリアスは、黙った。キルガはいない。
セリアスが頼んだのだ。シェナの説得は、自分一人でさせてくれと。
もちろん猛烈に抗議されたが、セリアスは引かなかった。
膝を地につけて、頭を下げて——ようやく、不承不承認めてもらったのだ。
セリアスはそのまま目を閉じて。考えた。間違いない。シェナは今、即座に反応した。
帝国の中では戦わない。声に、帝国を本当に厭う響きがあった。
シェナは帝国を憎んでいるのだ。そして——それに対して、本当は戦おうとしているのだ。
けれど。失いすぎた彼女は、それを実行する勇気までもを、失ってしまっているのだ。
もし言うとおり、シェナをこのまま放っておいたら——間違いなく彼女は今以上に大きな後悔を抱く。
大切な人を失った原因に立ち向かえなかったことを。
——もう、これ以上後悔させない。
「…行こう」
セリアスは問いかけるように、言った。けれど、無言が、否定を表していた。
「…怖いのよ」
代わりに聞こえたそれは、涙声だった。聞いていられないほどに。
「…戦うのが怖い。もう、失いたくないの。何も失いたくない! もう、行きたくない——」
「じゃあマルヴィナを失ってもいいのかよ!!」
弾かれたように、顔を上げた。震えていた。思い出す、戦友の顔を。
凛とした表情、屈託のない笑顔。喪失感を抱いた眸、それでも前に進んだ、強い仲間を。
——ぞくり、とした。それは何よりも、今まで覚えたなによりも強い恐怖だった。
———失いたくない。
私は、
私は—————…。
「…時間をちょうだい」
その言葉を言ったとき、自分に意識はあっただろうか。
「…今じゃ、まだ駄目だから…少し、待って。…お願い」
セリアスは静かに答えた。半歩下がって——最後に、問うた。
——来れるか、と。
答えが返ってきた。
その言葉は、表していた——
静かな——————肯定を。