二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: *小さな初恋* 【イナズマイレブン】 ( No.145 )
- 日時: 2011/04/01 17:43
- 名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: Ph3KMvOd)
四十九話【貴方はだぁれ?】
士郎がアツヤへ"変わる"瞬間。それは、FWになった時。
白恋中の練習の時も、最近のプレーも、そんな感じ。士郎がマフラーに触れると次の瞬間には、瞳は橙色の好戦的なツリ目になり、髪の跳ね方も変わって、いつもは優しい言葉を言ってくれる唇が、荒々しい暴言を吐き出すようになる。暴言って言っても、言葉遣いが荒いだけで、真意を読み取れば他人を思っての言葉だから、悪いわけではない。問題は、受け取る側にある。
このようなところは、吹雪アツヤとまったく同じなのだ。だけど、違う。ほら、だって、
「……アツヤは、死んだ」
紛れも無い事実だ。士郎の中にアツヤが存在したとしても、士郎の弟、"吹雪アツヤ"は死んだ。雪崩に巻き込まれた車内に取り残され、士郎を残し、勝手に逝ってしまった。酷いよね、アツヤは。私との約束、守ってくれなかったんだもん。でも、今はそんなことを気にしている場合ではない。吹雪アツヤは、もういないのだ。
では何故、アツヤがここにいる?
「士郎のなかに眠るアツヤは……所詮、」
————"孤独"という名の闇が作り出した虚像、作り物の人格でしかない。
うすうす気付き始めていた。アツヤは、アツヤじゃない。偽物なのだ。士郎が作った、都合の良い存在。
でも、この現実を言葉にして、弱い私に言い聞かせては、いけない気がした。私が認めてしまったら、唯一真実を知っている私が、アツヤを、そして士郎を否定してしまったら。士郎を守れる人が、今度こそいなくなってしまう。ダメだ、そんなの。あの時いられなかったんだから、今こそ、私が士郎を支えるの。この言葉が、呪文のように頭に響く。士郎にとって、私は"必要"でなきゃいけないの。……あれ?
「私は、士郎に不必要なのかな?」
士郎には、アツヤがいればそれで良いのかな?
「僕がどうかしたの?」
「え……あ、なんだ。士郎か」
驚きを隠しつつ、必死に言葉を返した。残念そうに呼ばないでよ、と士郎は笑う。つられて私も笑ってしまった。どうしたの? と尋ねると、桃ちゃんが遅いから迎えに来た、なんて。こんな距離なのに、わざわざ練習を抜けてまで来るなんてね。士郎、可笑しいよ、なんてからかうと、こんなところでぼーっとしてる桃ちゃんのほうが変だよって。私と士郎の間には、ほのぼのとした空気が充満している。ああ、だからなのかも。大切な話を、本人に聞くことができないのは。どうしてもそういう雰囲気にならないんだよね。
「さあ、そろそろ戻ろう? キャプテン、桃ちゃんのシュート止めてやるって意気込んでるから」
「やめてよ、士郎まで。私なんか、練習相手にもならないもん」
控えめに本音を漏らすと、大丈夫だよと笑顔で解決されてしまった。まったく、円堂くんの熱血ぶりにも困るけど、士郎の天然にも悩まされる。ただ、士郎の笑顔を見てると癒されるから、良しとしましょうか、なんて。
スタスタと先を歩き始めた背中。私も慌てて、追いかける。大きくも、影を背負ったその背中に、私はどうしても、声を掛けずにはいられない。
「ねえ、士郎」
なんだい? と振り返る彼。不思議そうに、でも口元は笑っている。
「士郎にとって、私って何なのかな?」
素朴な疑問。アツヤのことは聞けなくても、これくらいは聞けるよね。真剣に質問なのに、なぜか士郎は吹き出した。笑う要素なんて、無かったよね? でも士郎は、きちんと答えてくれた。
「そんなの、当たり前だろう? 桃ちゃんは僕の、大切な幼馴染だ」
にっこりと、天使のような笑顔で。強張っていた心が、ほっと緩んだ。たとえ、この言葉が嘘だったとしても、今はその笑顔を見ていられるだけで安心できるから。そう、私はこの言葉を待っていたのだ。嘘でも良いから、と。この関係が崩れなきゃいいのに。今は、そればかりを願う。
駆け寄っていって、士郎の左手に私の両手を添える。驚いたように、いつもはとろんとしている瞳を見開く。ゴメンね、士郎。でも、これだけは伝えておきたいの。
「今度こそ、私が士郎を守ってあげるから」
「桃ちゃん……、」
しばらく動いてくれない士郎。でもやっぱり、最後には笑ってくれて。私も、とびっきりの笑顔を返す。士郎に名前を呼ばれるだけで、こんなにも安心できるのは、やはり士郎が私にとって、必要な存在だからなのだろう。
私は、士郎を失いたくない。大切な人を、もう二度と手放したくないの。あの時の二の舞はもう、嫌だから。幸せを失ったときの代償は、あまりにも大きすぎる。そうでしょう?
「普通は、男の子が女の子を守ってあげるんだよ? 特に、桃ちゃんみたいにふわふわしている子を」
「ふわふわ……?」
「だって、いつもすぐにいなくなっちゃうじゃん」
「わ、私は方向音痴じゃないもん!」
ねえ、神様。この幸せは、いつまで続いてくれますか?