二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- *続き* ( No.174 )
- 日時: 2011/04/24 14:50
- 名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: iCAwesM8)
とある平和な朝。
「本当なんですか? お父様」
「悪い悪い、夕方には絶対、帰ってくるから!」
不安そうに王の顔を覗き込む桃花。行かないで欲しい、とその薄桃色の瞳で訴えかけているようだ。しかし王は、幼い子供をあやすような口調で自分の帰宅を待つように指示している。そして上等なマントを羽織り、腰に王室に由来の有るサーブルをさし、家来を数人連れ出て行ってしまった。残された姫君は、それはそれは残念そうに小さく溜め息を吐き出し、傍にあった椅子に腰掛ける。
今日は、待ちに待った桃花の誕生日だ。同時に命日と予言された日でもある。糸車に近づいてはいけないと言われてきた桃花だが、自分に掛けられた呪い、ましてや王の失態等は聴かされたことが無かった。つまり、出生パーティの一悶着も知らずにこの十四年間を生きてきたのである。太陽が西に沈む頃、十四回目のパーティが開かれる予定であった。
が、しかし。見ての通り、王は不在である。実は突然、今まで敵対関係にあった王国の遣いがやってきて和解をしたいと申し出たのだった。この国と良い関係を結べれば我が王国の繁栄は目に見えている。この後の未来を考えて王は、城を発ったのだった。
誕生日を独りで迎えるのでは。最悪の事態を考え、続いて大きな溜め息を吐き出す桃花。この消極的な考えは、母親譲りなのだろうか。
「姫様、ご安心下さい。パーティは予定通り、行いますから」
「今年もたくさんの贈り物が届いているぞ。見てきたらどうだ?」
風丸と豪炎寺が、少しでも元気付けようと明るい話題へ話を逸らす。風丸は床に膝をつけると桃花と視線を絡ませ、潤んできた彼女の瞳に優しげに微笑んで見せた。
「……贈り物は毎年、お父様から頂いたものを一番にと決めているのです」
ふいっと顔を逸らし視線を天井へ泳がせると、誰も座っていない王座を寂しそうに一瞥する。円堂の自由人ぶりに一番被害を受けているのは、もしかしたら彼女なのかもしれない。幼い頃からこうやって、約束をすっぽかされたことが幾度と無くあったのだった。桃花は、素直な面があると同時にかなりの頑固者である。一度、拗ねてしまうと当分機嫌を直すことはなかった。いつか一国の頂点に立つ人物にはこの頑固さも必要なのだろうか。
桃花は城内にぐるりと一周、視線を走らせると窓から臨む裏庭に視線を移していた。そして、しばらくじっと眺めて、いきなり立ち上がると、
「少し、散歩をしてきますね」
そそくさと歩き出し、ドアの向こうへ消えていった。姫の一人での外出は禁止されている為、慌てて珠香と紺子が追いかけていった。
二人の召使を見送ると風丸は、不安そうに裏庭を見つめた。否、もっとも彼の視線に映っているのは裏庭ではなく、魔女が住むとされる山を越えた森のほうだったのだが。この城に関係する者は桃花を除いた全員が、あの日の悲劇を知っている。パーティー本番、彼女を見張る役は風丸と豪炎寺が頼まれていた。
「……今日は二月の十四日。さて、無事に明日は来るだろうか」
消え入りそうな儚い瞳。誰に向かってかはよくわからないが、何か見えないモノに怯えているような表情の風丸に豪炎寺は、柔らかく笑いかける。風丸の魔女嫌いを知っての対応だった。円堂は知らない話だが、風丸には幼き頃の思い出の一つに、苦々しい物を持っているのだった。
「簡単に終わる事を期待するな、とだけ言っておく」
部屋から一望できる城下町と裏庭。自らのサーベルに触れると、柄の部分をなぞるように握り締めた。呪いの内容は糸車だったとは言え、森の魔女なら何をやらかすかわからない。今回の相棒は風丸と言っても、魔女嫌いという弱点がある。独りで乗り切るつもりでいよう。黒い切れ長の瞳をゆっくり伏せると、豪炎寺は瞼に桃花のあどけない微笑を浮かべた。