二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

*続き* ( No.175 )
日時: 2011/04/25 17:01
名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: ofW4Vptq)




 聴きなれたはずの音色がまた、彼女自身を包み込む。何度も演奏している桃花だが、このヴァイオリンには厄介な魔法がかかっているようで。一度聴けば、たちまちその人間はこの音色の虜になってしまうのだ。否、魔法ではなく魅力と呼ぶほうが正しいのか。けれど確かなことは、一つある。この音色に一番惚れ込んでいるのは、他でも無い桃花自身であると言うことだ。

「……今年の誕生日も、独りで過ごすのでしょうか」

 辺りに人の姿は見られないが、誰かに尋ねるように呟いた桃花。その言葉の通り、王は去年、一昨年と桃花の誕生日をすっぽかしているのだ。どれも国の未来に関わる事情だったとはいえ、娘の誕生日を二年連続、隣で祝っていない王、円堂。きっと今年もそうなのだ、と桃花が決めつけてしまうのも無理は無い。
 演奏を終えた桃花は、倒れこむのように芝が生え揃う地面へと座り込んだ。どことなく疲れも見られる。それはきっと、誕生日が近いと言うことで祝辞を述べるためにはるばるやってくる大臣や国王達に、笑顔を見せ続けてきたからなのだろう。国の姫君も大変である。が、それが彼女の運命だ。仕方が無い。

「また、逃げ出してみようかな……?」

 しれっと呟く桃花。実は彼女、幼い頃に珠香や紺子を連れて、城から逃げ出した経験があるのだ。俗に言う家出である。桃花にとって初めてのリサイタルを、"寝坊"という事情でサボった国王へ見せた唯一の抵抗だった。その前にも王妃の誕生日を忘れたり、勝手に城を抜け民と戯れたりと、問題が多かった国王。本人からすれば、国民の意見を聞くための一環らしいのだが……。そんな王への愚痴を零していた王妃。その言葉を聞いた桃花は、王に、自分勝手な行動の大変さを教える為に家出を実行したのであった。何とも頼もしい少女である。
 彼女が家出した期間は七日間。その間、何をしていたのかは不明だが、身分を隠し自らの力で生活していたらしい。恐るべし、姫君の底力。結局、風丸と豪炎寺によって保護されたのだが、王が何度謝っても機嫌を直さなかった桃花。円堂に、王妃に向かって頭を下げさせ、大臣達にも日頃の謝罪の言葉を述べさせ、ようやく普段の彼女に戻ったらしい。女性の恐ろしさを、身をもって痛感した王であった。




 しばらく裏庭を歩き回っていた桃花。珠香と紺子の姿は見られない。どうやら、途中で桃花を見失ったようだ。
 独りで裏庭の穿鑿を続ける桃花は、ふと立ち止まり、目の前の建築物を見上げる。見慣れないその建物は、円柱の古びた塔だった。色あせたその塔は、壁にたくさんのつる草が絡み付いている。こんな塔あったかな、と自分の記憶を探る。が、探究心に負け、徐々に塔の入口へと近づいていった。頭に過ぎるのは、初めての場所には一人で行くな、と諭す父親の姿。一度立ち止まり、よくよく考える。

 ——娘の誕生日をすっぽかすような父親の言葉を、いまさら信じるの?

 誰かの声が脳内に響く。少なからず沸き起こる、父親への反抗心。

「……私だって、ただの箱入り娘じゃないわ」

 睨むように塔を一瞥すると、大きく息を吐き出し、古びた塔へと足を進めた。彼女を食い止めようとする、森の動物達の忠告は、もはや少女に届かない。不気味な笑い声が塔に響いた。操られているように足を進める桃花には、そんな声さえ、聞こえなかった。