二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

*続き* ( No.178 )
日時: 2011/04/27 17:25
名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: ofW4Vptq)





 その頃、城内にて。

「どういう事だ……?」
「今、事の解明に急いでいる。大人しくしていろ!」

 不安じみた声で呟く豪炎寺に、鬼道の切羽詰った叱責が飛んだ。困惑の色を浮かべているのは、豪炎寺だけでは無い。その場にいる全ての者が、鬼道から告げられたとある出来事に、耳を疑い、動揺を隠しきれていなかった。

「……あの国の使者が、偽者だったとはな」

 円堂から、隣国の王と和解談議を行うため城に向かったところ、追い返されたと連絡が入ったのは、ほんの三十分前のことだった。使者について尋ねたところ、そんなもの送っていない、と突っ撥ねた返事が返ってきたらしい。王が無駄足を運ばれたことはともかく、幸いにもこちらの家来とあちらの兵とで争うこともなく、怪我人及び死者もなく事が済んだのだ。不幸中の幸いとも言えよう。
 だが、しかし。問題はその後にあった。

「なぜ生身の人間を斬ったのに、その男は闇に紛れて消え去ったというのだ? 相手は、人間ではないというのか……?」
「精霊、もしくは使い魔かもしれん」

 騙されたことに腹を立てた役人が、その男への罰として斬首を行った。が、血が跳ぶこともなく、男の身体は細かな粒子となって、消えてしまったのだ。まるで、影が闇へと溶け込むように。
 悪戯にしては、手の込んだものだ。同時に悪質でもあり、被害者は国の主である。必ずや主犯格を見つけ出し、罰を言い渡さなければさらない。が、もしこの事件の犯人が"魔術"を操るものであったら? 王に無駄足を運ばせることが目的ではなく、城から遠ざけることが真の目的であったら。何せ、今日の日付は——二月十四日。城の召使達が恐れてきた日であるのだ。
 しかも、姫の姿は無い。

「……まさか、な」

 心配そうに尋ねてきた風丸に対し、豪炎寺はただただ、覚悟を決めろと目で訴えかけることしかできなかった。

「おーい! 王がお帰りになられたぞー!」

 門番の息切れた言葉が、城内に響き渡る。王の安否を心配していた大臣たちは、ほっと胸を撫で下ろした。王が狙いでは無かったか、と口々に言葉を零す。王が狙いでは無い。それは、もう一人がターゲットであることを確信させる事実であった。
 姫の捜索を任せている男からは依然、連絡は無い。そこへ、珠香と紺子が駆け込んできた。赤くなった瞳を見れば、先ほどまで泣いていたと見て取れる。責任を感じているのだろう。風丸は傍へ行くと、優しく二人の背中を叩いた。崩れ落ちるかのように、座り込む二人。微妙な空気が流れる空間に、二人の嗚咽が響く。他の家来の不安も増していくばかりであった。

「風丸さん、豪炎寺さん……鬼道さんも御そろいですか」
「珍しいな! 城の御三家がこうして揃うなんて」
「つ、綱海さん!? 今は緊急事態なんですから、ノリで話すのやめて下さいよ〜」

 姫捜索班隊長、立向居勇気が、危機感を感じさせない雰囲気を醸し出している綱海条介に対し、注意している。彼等二人は新人であるとは言え、十四年前の悲劇を知っているはずだ。にも関わらず余裕を感じさせる綱海の言動に、苛立ちを覚える鬼道。自分には、何もできない。そんな苦しい真実を知っている為であった。

「桃花姫の行方は?」
「姫様の自室、勉強部屋、音楽室、書斎……どこを捜してもいませんでした」
「外はどうだ?」
「裏庭、中庭、城下町。目撃証言は、今のところ"ゼロ"だ」

 機関銃のような勢いでまくし立てていた風丸は、綱海の最後の言葉を聞くと風船がしぼんでいくように元気を失い、しゅんと黙り込んでしまった。最後の希望が絶たれた瞬間である。

「あたしが……桃花ちゃんを見失っちゃったから……」
「ご、ごめんなさぁい!」

 一層激しさを増す、二人の泣き声。謝り続ける二人の背中を、年配の召使長が摩っている。けれど、その彼女の瞳も心配からか潤んでいた。


 今日は、姫の十四回目の誕生日。めでたい日であると共に、運命の日でもあった。王を城から遠ざけたのは恐らく、森の魔女の陰謀。忽然と姿を消した桃花姫。最悪のシナリオを辿り、最期の為の準備は整っていた。

 ——誕生日を、桃花の命日にしないでくれ。

 いつも元気で明るく、へこたれた姿を見せたことが無い王が。一国の主という、自分が味わったこともないプレッシャーに耐えてきた円堂が。心底不安そうに言った言葉。そして芽生えた、王への新たな忠誠心と桃花を守り抜く決意。彼は、底知れぬ恐怖に襲われている友人を一瞥すると、サーベルをぎゅっと握り締めた。

 もう、迷いも恐怖もあるものか。桃花姫を護る事ができるのは——自分しか、いない。

「風丸、」

 豪炎寺はいつもより一層、低い声で怯える友人の名を呼ぶと、腰に下げた炎のサーベルを軽く撫で、城から見える森の景色を黒い切れ長の瞳できつく睨みつけると揺れる空色ポニーテールを一瞥し、


「桃花を捜しに行くぞ」


 たった一言、決意の言葉を、迷いと共に吐き出した。