二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

*続き* ( No.185 )
日時: 2011/05/02 17:45
名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: gdJVioco)





 こつ、こつ、こつ、こつ。

 一段一段、古ぼけた塔の階段を上っていく。その旅に、革靴が石段を踏む音が、誰もいない塔の内部に響き渡った。右手を壁に付け、左手でドレスを摘み、ゆっくりと階段を上っていく。不気味な雰囲気。埃っぽい空気を吸い込むたびに"城に戻りなさい"、と脳が自分に指令を出すが、可笑しなことに桃花は、自分の意思を実行に移すことができないでいた。私はどうしても、この階段の先にある"ナニカ"に会わなくてはならない——根拠の無い理由に思考を占領され、父親の言付けはどこかへ飛んでしまっていた。

 操られたマリオネットのように、ただひたすら足を進める桃花。いつもは好奇心に踊る瞳が、虚ろな闇に踊らされていた。浮かんでいるのは、歪な想い。作られた好奇心だった。
 黙々と上り続ける足。疲れが見え始め、呼吸が乱れ始める。時計回りに廻り続ける、終わりの見えない螺旋階段。息を整えようと足を止めると、歪んだ声が直接話しかけてくるのだ。
 『貴女は、会いたくないの? 最上階で待っている、貴女を救う天使に』
 天使、か。ぼやける思考回路を必死に動かし、言葉の意味を探す。それは、父親の自由さから私を解放するための天使かしら? そう、声に話しかけても返事は返ってこなかった。代わりに響くのは、思わず顔を歪ませてしまう金属音。酷い耳鳴りは、自分を最上階へと催促しているのだ。それ以上も、それ以下もない。——戻ったら、私は何も変われなくて、進めば"ナニカ"が変わる。そう考えると、足は自然に上へ上へと進み始めるのだ。
 桃花の意思など、お構い無しに。

 背負ったケースが、カタカタと細かな振動を刻む。そんな小さな音さえも、この塔の内部に響き、反響し合った。歩みを進めるごとに消えていく耳鳴り。同時に、本当の考えも耳鳴りに混じって消えてしまった。


 ——私は何故、天使に逢わなきゃならないの? 自分を変えなければならない、その理由は?


 くらくらと歪む視界。理解できない偽物の意思。ぐらつく足取り。ここだけ世界から切り離されてしまったかのような、漠然とした孤独感。生きている心地がしない、おかしな浮遊感。そんな不安定な状況の中、必死に紡いだ本音を心の中でぽつりと吐き出す。
 返事はまた、返ってこなかった。