二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

*続き* ( No.189 )
日時: 2011/05/08 15:16
名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: npMPGGPe)





「あら、遅かったのね」

 疲労からかぼやける視界。ようやくたどり着いた塔の最上階には、奇妙な服装の——声色は、明らかに女性なのだが——怪しい人物が、古ぼけた椅子に座っていた。黒いローブに身を包んでいるため、こちらからは通った鼻筋と色っぽい唇しか窺うことができない。
 乱れた髪を直すと、改めて室内の様子を見回した。埃っぽい空気は変わらず、息苦しい。お世辞にも広いとは言えない室内には、簡素なベッドと木製の椅子。それから——この部屋には似合わない、新品の糸車が置かれていた。埃でくすんだ視界にも関わらず、ニスが塗られた艶やかな光はまっすぐ桃花の瞳に届いていた。

「貴女は、誰ですか……?」

 素直に疑問を投げかける。生憎、返事らしい言葉は返ってこなかった。が、ローブが取り払われる音が室内に響く。怪しい人物の素顔が露わになった。桃花は、その人物の顔を穴が空くほどじっと見つめ、そして肩を落とした。城の敷地内にいるということは、知り合いではないかと考えたらしい。残念だが、そんな小さな希望は簡単に崩されてしまった。

 そっと、小さな溜め息が吐き出される。そんな様子を見て、"怪しい女性"はクスリと笑みを漏らした。黒いサラサラの髪が、ふわりと揺れる。漆黒の瞳に、不安を隠せない桃花を映して。

「人に名を尋ねるときは、先に自分から名乗るものじゃない?」

「……失礼。私は、桃花です。以後、お見知りおきを」

 先ほどまでの疲れは何処へやら。そっと目を伏せ、ドレスを摘まんだ桃花は、姫君らしい品のある挨拶を女性に見せる。その様子を見た女性は、口元に笑みを浮かべた。右手で顔にかかった髪を払うとそのまま身体の前で腕を組み、冷たい笑顔を浮かべる。

 刹那、桃花の背筋に悪寒が走った。無意識に自分の身体を抱く。

「瞳子、私は瞳子よ。どうぞ宜しく、お姫様」

 裏がありそうな、そんな笑みを漏らす瞳子。警戒気味の桃花に一瞥くれると木製の椅子に腰掛け、糸車に手をかけた。きー、からん。きー、からん。規則正しいリズムが止まった時間に刻み込まれる。そんな様子を桃花は、顔を歪ませて眺めていた。


 初めて見た、"いとぐるま"。
 ——いや、違う。私はもっと小さい頃に、糸車を見ていたじゃないか。

 
 "きー、からん。きー、からん。"
 糸車が紡ぎだす純白の糸と、繰り返される効果音は、呆然と立ち竦む桃花を過去の記憶へと旅立たせていた。