二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- *本編サイドストーリー* ( No.193 )
- 日時: 2011/05/09 16:06
- 名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: npMPGGPe)
- 参照: 参照1400突破、ありがとうございます!
「あ、珠香ちゃん!」
教室の入口から聞こえる足音。規則正しいリズムが刻まれる。振向くよりも先に、声の主に気付いてしまった。
少し乱れた呼吸。弧を描く口元。頭の上で結ばれたリボン。白恋中サッカー部唯一のマネージャー、春崎桃花ちゃん。よれたセーラー服のスカーフを直してあげると上品な笑顔でお礼を言われてしまった。なんだか照れる。と、いうかこの娘は「ありがとう」と言えないのだろうか。今も尚、「Merci」と微笑む彼女。帰国子女だから?
「まだ部活、行かないの?」
「うん。忘れ物しちゃって……もう行くよ!」
鞄を取ると、机に椅子をしまう。乾いた重苦しい効果音が教室に響く。
ふと、窓の外に広がる校庭に視線を落とす。そこには、待ちきれなくなったのか数人のサッカー部員がボールを持ち出し、パス練習を始めていた。傍には紺子もいる。あ、先にいっててくれたんだ。そろそろ行こう、そう声を掛けようと隣を見て、言葉を失う。
桃花ちゃんの顔が、苦痛に歪んでいた。哀しそうに伏せられる瞳。刹那、垣間見えたのは桃花ちゃんの瞳に映りこんだ吹雪くんの姿だった。どうして、幼馴染を見て哀しそうにするんだろう? 喧嘩でもしたのかな? 二人は仲良しなのに。
「桃花ちゃん?」
名前を呼んでも、返事は返ってこなくて。代わりに、
「……どうしてそんなに、遠いの?」
落とされるように零れた呟き。その言葉の意味が理解できなくて、しばらくフリーズする思考。もう一度、名前を呼んでみようかと思った。でも、もう彼女はいつもの彼女に戻っていて。あの光景が嘘みたいに思えるほど普通だったから、無意識に目を擦る。何も、変わっていなかった。
「とお、い?」
「……なんでもないよ。さ、部活に行こう」
遅れたら士郎に怒られちゃう。
そう言いながらあたしの手を引く桃花ちゃん。あの時、あの呟きの意味を聞き返してあげられたら、何かかわったのかな? ……いや、違う。もうそんなの、確認できないや。だって桃花ちゃんは、遠いところで吹雪くんと戦ってるんだから。あたしたちの誰よりも吹雪くんに近いんだから。
だけど、でもね、桃花ちゃん。
桃花ちゃんにとっては吹雪くんが遠い存在に思えるのかもしれない。でもあたしには、そんな桃花ちゃんが"遠く"に思えてならないよ。
だから、早く宇宙人を倒して、北海道に——白恋中に帰ってきてね。
一緒にまた、サッカーできる日をあたしも紺子も喜多海も氷上も空野もずっとずっと、待ってるんだから。
( 過去より遠い貴女の姿を、引き留めたかったと後悔するのは、 )
——* 届かぬあの娘の微笑みに *——