二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- *続き* ( No.226 )
- 日時: 2011/06/12 21:26
- 名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: csh0v7TN)
- 参照: パソ変えますた。
どきり、となぜか動揺する桃花。あれ、と無意識に言葉が零れる。そんな桃花を見た瞳子はまた、色っぽい微笑を顔に張り付けると糸車を廻し始める。だいぶ聞き慣れたと自負していた桃花だが、とっさに耳を塞ぐところを見るとやはりまだ慣れないらしい。怯える小動物のように怖がる桃花を見て、瞳子は薄く笑った。そのことに気付いたのか、桃花は薄く涙が溜まった桃色の瞳を細め、必死に睨みつける。が、まるで動じぬ瞳子に諦めがついたのかその瞳を伏せてしまった。楽しそうに、魔女は微笑む。
「あら、まだ慣れない?」
この人、私が糸車を苦手って知ってたのかしら?
そんな疑問が頭をもたげ、桃花はどうしようもない絶望感に襲われる。だとしたら自分は、彼女から恨まれるような事をしてしまったのだ。だから私は、こんな意地悪をされてしまう。歪む表情に淡い罪悪感を忍ばせ堪える桃花に、瞳子は再度尋ねる。
「やってみない? 楽しいわよ、糸車」
純白の細い糸が紡がれていく光景は、ただ純粋に美しいと思った。でも、やってみたいなんて——そう自問をしたところでふと気付く。自らの足が勝手に進んでいることに。そしてその先にあるのは——、くるくる廻る糸車。
どうして? 声にならない桃花の叫びは、己の中でぐわんと反響し合う。それでも尚、身体は引き込まれていくかのように進み続ける。ここまで階段を上ってきたときのような、おかしな感覚。私はまた、操り人形(マリオネット)にされている。そう考えると瞳に敗北感が滲むが、解放されることはなかった。美しい微笑を保ったまま桃花の瞳をじっと覗き込む瞳子に違和感を覚える。もしかしたら、私をマリオネットのように操っているのは、
「ひとみこ、さ……」
「やりたかったんでしょう?」
違う。そう、はっきりと脳内で言葉を繰り返すことはできるのに、なぜか告げることに戸惑いを感じる。それも、主人(マスター)気取りのあの人のせい? つうと伝った涙にもどかしさと恥じらいを含ませながらも進む。ふらふら、くらくら。滑稽なダンスを踊っているような足取りで。逃げ出せない自分を叱咤し、募る後悔の念を涙に代えて零しながら、とうとう桃花は糸車の目の前へと躍り出てしまった。後戻りなど、できやしない。
自分の手が、まるで他人の腕のように見えた。
何の躊躇いも感じさせぬまま、その手はゆっくり糸車へ掛かった。つややかな糸が巻かれたそれは、涙に滲む桃花の目にはなぜか、楽しそうなものに見えて。これも、魔法のせいなのだろうか。
「どうぞ、お姫様」
きーからん。きーからん。
規則正しい音色が部屋に刻まれる。どうしてこんなに引き込まれるのか。近づいてはいけないと言われたのに。どうして、どうして? 答えに近い考えが脳裏を過ぎった瞬間——
ちくり、小さな痛みが人差し指に走る。じんわりと滲み出す紅の水滴は、まるで林檎のように甘そうで。舐めたらどんな味がするのかしら、と思ったのもつかの間。一瞬だったはずのその痛みはだんだんと大きくなり、身体中を駆け巡った。がつんと殴られたなようなその痛み。そして遠のいていく、誰かの記憶。
そんなとき、最後に瞳に映りこんだ影は、
「……永遠におやすみなさい、桃花姫」
漆黒の髪を微かに揺らした、魔女の笑み。