二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- Re: *小さな初恋* 【inzm11/アンケ実施中です!】 ( No.232 )
- 日時: 2011/06/24 20:58
- 名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: EUHPG/g9)
いない。桃花の部屋を捜していた珠香は、無意識に言葉を漏らした。もう彼女は肩で息をしている状態で、白い肌に大粒の汗が浮き出ていた。疲れていることは誰の目から見ても明らかだ。もう何度も、女中長が彼女を休ませようと声を掛けたが、もう少しだけ、の一点張り。こうして今も——あの人の影を見つけるべく、駆け回っているのだ。
「どうして」
弱弱しく掠れた声。それは、簡単に風に流されてしまいそうなほど小さなもので。しかし、何度言葉を繰り返しても、返ってくるのは心臓を抉られる感覚を覚えるほど辛い虚無感だけだった。疲れと焦燥感とで立眩みが彼女を襲う。支えがいないこの部屋で珠香は、崩れるように膝から倒れた。絨毯のざらつきが頬を撫でる。
「……なんで、桃花ちゃんなの?」
魔女に殺されかけた悲劇のヒロイン。それは、絵本の中だけだったから、だから読み続けることができたのに。お姫様が王子様に助けられることを知っていたから彼女の苦しみなんか知らずに、ハッピーエンドしか見ていなかったのに。どうして彼女がさらわれなければならないの? 答えはきっと、返ってこない。
汗がつうと伝う首筋。もう拭う余裕もなくて。沸き起こる罪悪感に珠香は、静かに目を伏せた。
「もも、かちゃん」
本当にごめんなさい。
私、お姫様を助ける王子様にはなれないみたい。
**
「そんな、」
息を呑む、そんな表現がぴったりだった。途切れることなく流れていた時間が一瞬だけ止まる。
「……なんで、こんなこと」
そう、倒れている人間たちに問う。
紺子の前に横たわっているのは——桃花を見つけ出そうと奮闘しているはずの家来達だった。だが、今の彼等はどうだろう。重なり合うように地に寝そべり、苦しそうに歪んだ表情を浮かべながら、浅い呼吸を繰り返している。召使達も大臣達も家来達も貴族達も下僕達も、身分など関係ないとでも言うように。ただ、それ以上に驚いたのが、
——寝息をたてる、王の姿。
彼のお気に入りであった真紅の絨毯の上に、ぐったりと横たわっている。その横には、お世話になっている女中長の姿もあったのだが紺子は迷わず駆けだした。
「どうしたのですか!?」
背中しか見えぬ王に話しかける。怪我でもしていたら大変だ——と一瞬、そこに広がる現実を疑った。王は怪我などしていない。王も女中も、全員——眠っているのだ。大切な主人を捜しているというのになぜ? 疑問故に首を傾げ、恐怖に身を凍らせる。ああ、これからどうしろと言うのだ。
「……御三家に報告しないと……!」
意を決し立ち上がる。が、ふと鼻孔を突いたその匂いに立ち止った。
ふんわりと香る甘い——以前、姫と焼いたケーキを思い出させる懐かしい匂い。でも、なぜここでその匂いが。自然と背後を振り向く。
「——え、」
一瞬、鋭い痛みに身体を貫かれ——ぷつんと、そこで紺子の意識は途切れた。