二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: *小さな初恋* 【稲妻/参照2000突破Thanks!】 ( No.252 )
日時: 2011/08/08 18:13
名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: AuasFZym)
参照: 合作楽しそうだなぁ……





 しばらく畦道を下り続けると、やっと人を見かけ始めた。普通の暮らしはできているようだな、と呟いた染岡に吹雪は無言で頷く。主を失ったこの国は、とある街の司祭が政治家となり、仕切っているらしい。この百年間、王族を失った国はその司祭の一族が治め続けてきたことになる。本来ならば他国の領土として吸収されるのが一般的なのだが。その話が持ち上がった時、国民たちは反乱を起こしたらしい。我々が慕っているのは、王だけだと。そしてこれからも、この国の国民であり続けたいと。噂によれば王——円堂守は暴君王で、家来や妃、娘をかなり困らせていたらしいのだが、真実はわからぬままだ。何だか面白いね、吹雪はぽつりと呟き小さく笑みを浮かべた。そんな吹雪に対し、染岡は不機嫌そうな表情を作る。


「吹雪……お前、自分が旅を続けてる目的、忘れたんじゃねーだろうな?」
「酷いなあ、染岡くんったら。ちゃんと覚えてるよ」


 そう言いながら、人差し指で頭をこつこつ突く吹雪。そんな彼を見て、染岡は盛大に溜息を吐き出した。どうやら、王子に振り回されるのは日常茶飯事らしい。困ったようなその瞳には、どこか諦めの影も忍んでいる。だが、街に入った時に馬から降りていた染岡のそんな表情など、馬の上で暢気に街を見渡す吹雪の視界には、隅にも映っていなかった。
 何やらぶつぶつ呟いていた染岡が突然、足を止める。吹雪も慌てて手綱を引いた。どうしたの、と尋ねる前に染岡の視線の先を見る。そこには、何頭かの馬が繋がれており、その奥には少々古ぼけた住居が見えた。あまり綺麗とは言えない住居だったが、大きさは普通の民家より大きく広そうだった。「嗚呼、成程ね」と吹雪は呟き、自らも馬から降りる。染岡は既にその住居へと歩みを進めていた。


「すいませーん! 誰かいませんかー?」


 野太い声が辺りに響く。一回、しんと静まったものの、すぐに住居の奥から「はいはーい!」という声が返ってきた。声色からして、男だろう。それからしばらくして、ドアががさつに開かれた。慄いたのか、染岡は一歩、ドアから無意識に退く。


「遅れてごめんねー。で、何の用?」
「……ここは、宿屋だよな?」
「そーだけど……あ、お客さん? よくわかったね、うちは看板出してないのに」


 紅い髪がぴょんと跳ねた若者は、随分とお喋りな奴だった。うるさそうに眉を潜めた染岡を、吹雪が笑いながら制する。
 染岡がぼそりと「宿屋、変えないか?」と呟いたのだが聞こえていたらしく、若者に「ここらに宿屋は一件しかありませーん。それがここ! 違うとこ行くなら、あと二里は歩いて貰うよー」と制された。耐えられず、チッ、と舌打ちした染岡を吹雪はまた笑顔でなだめる。


「ま、そうカッカしないでよ。さあ、上がった上がった!」


 ばたばたと住居の奥へ走り出す若者に続いて、二人も恐る恐る入っていく。外装こそ古かったものの、中は案外、きちんと掃除されているようでちらかってはいなかった。むしろ、民宿としては綺麗な方である。花瓶に刺さった黄色の愛らしい花を見て吹雪は、にっこりと笑っている。そんな吹雪を見て染岡は憎らしげに、「うちの王子は暢気で困る」と言いのけた。

 がその時、さきほどまで騒いでいた若者が戻ってきた。はっと我に返る染岡は、冷や汗を流している。身分がばれたのかもしれない。


「あ、あの、さっきのは冗談で……ほら、コイツ、結構整ってるだろ? か、顔立ちが!」
「まあ、僕には敵わないけどね。そうそう、自己紹介してなかっただろ?」


 先ほどと変わらない接客態度から、ばれていないと見た。また、盛大に溜息を吐く染岡に、若者はにっこりと満面の笑みを向ける。


「僕は基山ヒロト——この民宿のオーナーさ」


 よろしくね、とウインクを決めるヒロト。吹雪も柔らかく微笑み、握手を交わし始める。杞憂に終わったか、と染岡はようやく胸を撫で下ろした。そうそう、とヒロトは呟く。


「一国の王子様が来てくれたって、良いモノは何も出せないからね。あんまり期待しないでよ?」


 ぽかんと口を開ける吹雪と、唖然と立ちすくむ染岡。そんな二人をよそ目にヒロトは、ルンルンと身体を揺すりながら先へと進んでいく。二人は顔を見合わせると、困ったように笑い合った。


「……ばれ、ちゃったね」
「……悪い。本当に悪かった」


 いつまでたってもついてこない二人に痺れを切らしたのか、奥からヒロトの声が聞こえた。反射的に振り向いた二人は仕方なく、奥へと進んでいく。ヒロトが情報を悪用するような輩には見えないものの、あのペースに巻き込まれるのとかなり疲れる。一晩の我慢だ、未だ昼食を取っていないため、空腹から元気が出ない吹雪は必死に自分に言い聞かせた。安心して眠れる保証は無いと、第六感が騒いでいるのは、染岡も一緒である。