二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: *小さな初恋* 【イナズマイレブン】 ( No.30 )
日時: 2010/12/17 19:13
名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: F3o31y5l)

  第十四話【アツヤの存在・桃花の困惑】


 『もう一人の僕』

 士郎は、今、確かにそう言った。"もう一人の僕"。"吹雪 アツヤ"の名を。やっぱりプレイスタイルがただ似ているだけでは、無かったみたい。きっと士郎は——いきなりの事すぎて、自分でも困惑しているけど——自分の中に"自分以外の人物"が存在している事に気づいている。それも…関係無い人物では、無い。過去に失った、士郎の大切な家族の一人。"吹雪 アツヤ"だって事も。

「アツヤ…なの?」
「…忘れちまったのかよ、幼馴染の顔を」

 士郎では、無かった。人に対する口の利き方が悪くて、よくお母さんに怒られていたアツヤの口調。そっくりだけど、跳ね方がちょっぴり違う髪形。そして…たれ目の士郎とは、対照的な橙色の好戦的な瞳。全てが全て、私が覚えている限りのアツヤを中学生にしたような容姿だった。
 寒い気温とは裏腹に、暖かみのある夕陽は、二度と会う事が無いと思っていた少年の横顔を不可思議に照らした。記憶の中では、私と同じくらいの身長しかなかった男の子が、私を見下ろしている訳で。
 
「…二重人格?」

 確か、こんな言葉があった気がする。まさか知り合いが二重人格になっていたなんて、思いもしなかった。全然、焦っていない自分にも、すっごいビックリだけど。人って…こんな状況に置かれても、いつも通り平然としていられるのかな?

「よく冷静に考えられるな…さすが、マイペース人間」

 アツヤも、もっと驚かれると思っていたらしい。サラッと悪口——裏を返せば、褒め言葉?——を零していた。昔と同じ、口が悪い。だから士郎に怒られて喧嘩して、二人とも私に相談してきて…結局、私が取り持ってあげて。嗚呼、なんだかとても懐かしい。

「…何だよ。にやにやして」
「…にやついてないもん。ただ、懐かしいなって」

 裏人格と話している筈なのに、全く違和感が無いのも問題だよね。まぁ、ずっと同じ時を過ごしてきた相手だから、そんなに焦らずにいられるのかもしれないけど。
 …普通の人間なら、叫び声の一つは上げる筈。

「で、この先どうなるの?アツヤは、何が目的で存在しているの?」
「あー…一つ目の質問は、俺でもよくわからねぇな。まぁ、二つ目は…」

 言葉を飲み込んだように見える。言い辛い言葉なのか。はたまた、やはりよく解っていないのか。この考えは、どちらも当っていて、外れているんだろうな。よく解らない。ただ…そんな気がしただけ。
 どうしよう。私の考えも言ってみていいのかな?これ以上、アツヤの言葉を待ってても本人が言う気、無さそうだし。合っていても違っていても、結果はこの先、士郎と共に時間を過ごす事で知る事が出来る筈。

「"士郎がアツヤを必要としたから"、とか?」
「ん…大方、正解ってところだろ」

 ——何故、士郎はアツヤを求めたのか。

「…"孤独"が怖かったんじゃねーのか」
「どうして考えてること、解ったの?」
「顔が、すっげぇ難しい顔になってる。怖いぞ」
「…ゴメンね、怖くって」

 あぁ、どうしよう。違和感が無さ過ぎて怖い。普通に話せちゃう自分が怖い。怖いけど…悪い事とは、思わない。思えないね。
 だって…ほら。

 (キミと過ごす時間は一度、失っているから)

 大切な思い出が舞い戻ってきた気分。って言ったらアツヤ、怒るかな?そうだよね…もう私の中では、"儚い思い出"でしかない人と会話してるんだから。
 でも…いいのかな、これで。士郎は、アツヤを必要としている。"アツヤ"という名の人格は、この事実を知った上で拒んでいない。二人は、一つの身体に共存している。…現実は、こうなんだもんね。
 もしも…もしも本当に、何か大変な事が起きたら…?そしたら、その時は…——

 ——今度こそ、士郎の闇を私が溶かしてあげればいい。

 事故の時、離れていたんだから。今度こそは…って、"今度"は無いほうがいいんだけれど。それに、今まで通りの生活を続けていれば、支障は無いだろうし。
 けれど私は後々、きちんと考えていなかった事をとても後悔する事になる。が、それに気づくのは、

 ——まだまだ、先の未来の話。

 茜色の夕陽に照らされた二人の影法師は、のんびりと揺れていた。