二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 江戸物語! ( No.154 )
- 日時: 2011/03/17 15:15
- 名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: 2lvkklET)
- 参照: 長すぎて疲れた……
第十三話【果たして、勝利は誰の手に】
「あとどれくらいですか〜?」
「多分……通りを二本抜けた先だったと……」
桃花の質問に対する返答は、あっさり途切れてしまった。それもそのはず。かなりの距離を一度も止まらずに、全速力で駆けてきたのだから。桃花はそこまで疲れていないようだが、葵のほうは相当息切れが酷かった。それも、腰元に光る二本の刀のせいなのだろう。カチャリ、と不気味な音を立て、刀は揺れた。戦闘に役立つとはいえ、逃げるのには重過ぎる。一度立ち止まった二人は、一軒の商店の影に身を潜めた。その間に葵は、手際よく刀を仕舞いなおす。あの五人に追われていることを知らぬはずの二人だが、やはり本能が危険信号を発しているのだろう。声も囁きに近い音量まで下げ、すっかり江戸の町並みに溶け込んでいた。
「通り二本ですか……でも、どうして私たち隠れてるんでしょうね?」
瞳に掛かった栗色の柔らかい髪を払うと、桃花は緩んだ小袖の首元を絞め始めた。首筋には、うっすらと汗が浮かんでいる。葵は忠告しようかどうか、一瞬迷ったのだが、桃花が取り出した自前の手ぬぐいを見て、自らの小袖を直すことに専念した。かなり寄れてしまっていて、気持ちが悪い。それでも、手際の良い桃花に手伝って貰ったため、一人でやるよりも相当早く終わった。さすが、いい家柄の一人娘である。花嫁修業は、とうに終わらせたのだろうか。
もともと、旅を始めるに当って連れと共にまわる予定は無かった。一人のほうが気楽だという、なんとも安易な理由からなのだが。まあ、あの時桃花と出会っていなければ、一人でのんびりと各地を歩き回っているのかもしれない。……いや、もしくは倒れて、旅どころではなかったのではないか。さまざまな考えが頭を過ぎり、自分の世界へと引き込まれていく。が、そんな葵を現世に呼び戻してくれたのは、桃花の無邪気な一声だった。
「あ! あれって、円堂さんと吹雪さんじゃないですか?」
「え……ほんとだ。誰か捜してるっぽいね……あれ?」
向かいの呉服屋のお陰でばれていないらしいが、円堂と吹雪、よくよく見ると虎丸までもが揃っている。辺りをきょろきょろと見渡している様子は、さながら迷子を捜す母親のようだった。
とっさに顔を隠す葵。が、後ろを見ると、もっとややこしい人物がいることに気付く。逆立った髪型、南蛮風の怪しいマントは、険しい表情で道の真ん中を堂々と歩いていた。しかし、円堂たち同様、何かを捜しながら歩いているようで。何故だか悪寒が走る。
「まさか、僕たちを捜してるんじゃないよね? だよね、桃花?」
「……案外、図星みたいです」
葵〜、桃花〜と二人の名を大きな声で叫ぶ円堂。ばれますからやめてください! と虎丸が必死になって抑えている。合流したらしい五人は、いたか? そっちは? などという会話を繰り広げていた。暑くて仕方が無いはずなのに、背中に冷や汗が流れる。こちらの誤解だとしても、逃げたほうが身の為なのだろう。
「逃げましょう、葵さん」
「え? ちょ、桃花ちゃん!?」
「何故か嫌な予感がするんです!」
今度は、葵が桃花に手を引かれ、駆け出した。まだ呼吸を整えきっていなかった葵にとっては、散々である。が、逃げたほうが良いという桃花の意見には賛成なので、大人しく走り出した。目指す場所は……———
「江戸一番の刀鍛冶の元へっ!」
*。+
家の主の名を呼ぶのも忘れ、二人がかりで戸を引っ張る。建てつけが悪いわけではなさそうだが、長屋は結構な年代物だ。元は質の良い建物だったのだろうが、襲い来る雨風をまともに受けて、ぼろくならないわけが無い。わかってはいるものの、体力が限界に陥っている二人には、ただの面倒な戸にしか見えないのだ。その後、幾度となくあの五人衆に見つかりかけた二人は、遠回りを余儀なくされ、その上全速力で走ることを選ばざるを得なかったので、声も枯れるほどにくたびれていたのだった。
「早く、入りたい、のに……おやっさんは、何を、して、いるんだよ……」
息が切れた独り言を吐き、再度戸を開けることに専念し出す。が、せーのと息を合わせた途端、戸は簡単に開いてしまい、二人は勢いよく尻餅をついてしまった。犯人は勿論、内側から戸を開けた家の主である。
「いたた……」
「響木のおやっさん……いたのなら早く開けて下さいよっ」
「すまないな。今、昼寝をしていたから気付かなかったんだ」
このお方こそ、江戸で一番有名な刀鍛冶職人、"響木正剛"である。
「藤浪、隣のやつは? 新入りか? お前、連れを作ったのか?」
響木の質問に答えるよりも早く、二人は長屋の中へ逃げ込んだ。理由は、察して頂きたい。奥へ上がると草鞋を脱ぎ、脱力の声をあげる。彼女達が相当疲れていることを察した響木は早速、茶の支度を始めた。
「あ、私……春崎桃花と申します」
「結構、大きな家の一人娘さんだからね。手を出しちゃ駄目ですよ」
桃花と旅を共にすることになった経緯は、話せば長くなる。また時間があるときにも、おやっさんに説明すれば良いか。脳内で簡単に処理すると、差し出された湯のみを奪うように受け取った。桃花にも手渡し、黙って飲む。区切りがつくと、葵は刀を二本差し出した。響木は黙って受け取ると鞘から抜き、じっと見つめる。葵はまだ飲み足りないらしく、自分でお茶を注ぎに台所へ向かった。
「二本も持っていたのか?」
「一本は父上の形見。もう一本は、桃花に気安く触った武士から頂戴した」
「……ほう、厳しいな」
でもやはり、こいつには見る目がある。この刀も上等な品でなかなかお目にかかれない一刀だ。選んで略奪しているのだろうか? まあ、父親から譲り受けたという名刀のほうが名高いのだが……。だいぶ傷ついた刀を眺めながら、響木はこんなことを考えていた。
台所から帰ってきた葵は、桃花の手から空になった湯のみを奪い取り、注ぎに台所へ向かう。悪いですから! と追いかける二人は、誰の目から見ても仲睦まじく見えるのであろう。
ふと外が騒がしくなり、響木は顔を上げた。古くなった戸をガラッと開け、騒々しい面子が長屋を訪れた。先頭にいる少年は、ぺこりと一礼する。
「おやっさーん、茶の粉、なくなりそうだよー」
桃花との湯のみ争奪戦に勝利した葵は、両手に湯飲みを持ち、のこのこと居間に現れる。畳を一歩踏みしめたとき、突然の来訪客の存在に気付いた。そして……湯飲みを落としかける。固まってしまった葵を不思議に思いながら居間に帰ってきた桃花。が、彼女も動揺を隠せていない。
「師匠、こいつ等にお茶を一杯、奢ってもいいですか?」
「まったく、お前は徒弟のくせに……本当に自由だな、円堂」
人を捜すのに苦戦してて、と円堂は笑顔で答える。反射的に裏口から逃げ出そうとする二人。が、運命とは悪戯に廻るものだ。
「おっ! 葵に桃花じゃないか! 捜したんだぞー」
暢気に笑う円堂の後ろで、黒い殺気が見え隠れしたのは、気のせいか……