二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

 その涙を拭えたら、 ( No.156 )
日時: 2011/03/17 16:01
名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: 2lvkklET)
参照: 参照1000突破記念作品!




「やっぱり私は、彼女に勝てないのよ」

 話はいつも、この一言から始まる。いつも強気で他人に弱みを見せないような人間、それが雷門夏未だと思っていたが、案外、そうでもないらしい。人間には、誰にも打ち明けられない悩みがある。が、理事長の娘として堂々と生きてきた雷門だ。その手の悩みは、自らで処理できてしまうのだろう。そうなるとやはり、問題の論点は違う方向へとずれていく。残念ながら、この悩みに対して的確なアドバイスをしてやれる程、俺は大人ではない。ただただ、抑揚の無い淡々とした口調で発せられる言葉を、静かに聞いてやることしかできないのだ。

「私と彼女では、過ごしてきた時間が違いすぎる」

 それは否定できない。誰が見てもそう思うのだから。"誰が"と言い表した大人数の中には、まだ未熟な俺も含まれている。円堂とは、それなりの付き合いをしてきたつもりだ。その程度のことならばわかる。わかってしまうのだ。だからなのかもしれない。雷門の気持ちにも、少しばかり同情してしまうのは。
 今までの距離を縮めようと、雷門が努力をしてきたことは認める。が、初めから遠すぎたのだ。雷門はいつも円堂の背中を追ってきたことに対して、彼女はずっと隣にいた。スタートの合図が鳴るよりも前に、二人の間には距離がありすぎた。雷門がそのことに気付いて、今日まで円堂を慕い続けてきたのかは知らないが、知った上でこれほどの月日を過ごしてきたのだと言うならば、雷門はどれほど悩んだのだろう。

「……遠くから円堂くんを見守ってきた私とは違う。いつだって彼女は、隣で励まし続けてきたのだから」

 小刻みに震える肩。そして比例しているかのように声色まで涙色に染まっていった。俺はただ、聞くことしかできない。せめて雷門の瞳に、円堂以外の姿が映りこむ瞬間があったならば。他の選択もあったのではないかと、はっきりしない意識の中で思った。だが、そんなことが実現したとしても……俺は今、こうして雷門の話を聞いているのだろう。結局のところ、雷門は円堂に好意を寄せている。この事実は、きっと変わりはしない。

「でも、それでも私……」

 何かを言いかけて、唇をきゅっと噛み締める。言いかけたことは、予想できた。そんなのわかりきっている。ではなぜ、聞きたくないと思ってしまうのだろうか?
 握った拳が、がたがたと震える。爪が手の腹に食い込んだらしく、じんわりと広がっていく痛み。この程度の痛みなら、もう慣れてしまった。

「円堂くんが、好きだから」

 ゴーグルを隔てていても、雷門の瞳から流れ落ちた透明な光は、鮮明な映像となって届き、結果として、俺の困惑は増していくばかりだった。