二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 江戸物語w ( No.157 )
- 日時: 2011/03/21 21:08
- 名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: G1Gu4SBX)
- 参照: ひと段落つきましたお^^
第十四話【お天道様と出会いと別れ】
ひんやりとした室内。畳の懐かしい香りが鼻腔を漂う。日本の美だと葵は言い、桃花も相槌を入れる。それがいつもの、二人のやり取りだ。が、今ばかりはふざけてもいられない。
「あの〜……どうして僕たちは正座させられてるのかな?」
「問答無用」
勇気を振り絞り、威圧された空気の中投げかけられた疑問は、簡単に一刀両断された。二人は、罪を犯したことも無ければ、人を傷つけたことも無く——葵に関しては複雑なところだが——とにかく、説教されるような真似をした覚えが無いのだ。逃げたことが悪かったのだろうか? こうなることがわかっていたならば、葵が意地を張ることもなく、桃花が率先して手を引くようなことも無かったはずだ。つまり、今の状態は二人にとって予想外の現実になる。
「せっかくこうして巡り合えたんだ。お前の経歴について語り合おう」
「……だからお前たちには関係無いって。長い話、疲れるから言いたくなーい」
「問答無用」
右手が掛けられた豪炎寺の刀。カチャリと音をたてた刀に対して、葵はおおげさに「ひぃっ」と声を上げる。が、顔はまさに無表情で怯えているようには見えない。そんな適当な態度も、堅実な剣士には気に食わないのだろう。尚更、眉間にしわが寄っている。足をもぞもぞと動かし、酸っぱい顔になった葵は、隣の桃花を覗き込んだ。さすがは春崎家の一人娘。長時間(と言っても、十分も経っていないのだが)座っていても、涼しい顔に変わりは無い。自由奔放に生きてきた葵にとって、正座とは永遠に勝ち目が無い天敵なのだ。
一向に話し始める雰囲気の見られない葵に、少年達も痺れを切らしたようで。標的を変えるようだ。吹雪はふんわりとした笑顔で桃花に話しかける。
「じゃあ桃ちゃんは、葵ちゃんが剣士になった理由、知ってる?」
「桃ちゃん……?」
数秒程経って、はっとする桃花。気付いていなかったのかよ、等の突っこみは控える方向で一致した。俯き、しばらく考えていた様子の桃花だが、急に首をひねった。
「私が出会った時から葵さんは、剣士だったんですよ」
詳しく聞いたことが無いのでわかりません!
にっこりと笑う桃花を釈放するよう命じる豪炎寺。すかさず食ってかかる葵だったが、虎丸に諌められた。どうやら、相手は本気らしい。暑苦しいのは自分に似合わない。改めて思う葵だった。
「……と言うか、どーでもよくないですかぁ? 刀を握った時期が早かろうが遅かろうが、技術向上に一番必要なのは"努力"だろう?」
まともな意見を返された少年は、それもそうだと考えさせられる。だが、それでは相手の思う壺だ。ここで退いてはいけない。思考を巡らせる彼等には可哀想なことだが、当の葵本人には、そんな意思などこれっぽっちも無い。が、そこまで相手を読もうとする意識は、やはり剣士ならではなのだろう。黙って葵の反応をうかがう少年たちに、ようやく諦めてくれたようだ、と勘違いした葵は、響木に向かって叫ぶ。
「おやっさーん、その刀、早く直せるでしょう? 二本もあるけど徒弟もいるようだし」
「悪いが、かなり遅くなるぞ」
は? と声を漏らす葵。響木の仕事はいつも早い。むしろ、仕事を溜め込むような柄では無いのだ。そこを見込んで、葵はわざわざ、旅を中断してまでも江戸へ立ち寄ってきたのだから。目が点状態の葵に対し、円堂が答える。
「師匠、最近までぎっくり腰で寝込んでて……仕事が溜まってるんだよ」
「じゃあ、いつまで江戸に滞在しなきゃならないの?」
「悪いな葵。目途が立てられないほど、溜まってるんだよ」
雑な仕事をしたら、お前が一番怒るだろう?
葵を見据えて、響木は言う。「そんな〜」と肩をがっくりと落とした葵は、かなり哀れに見えた。葵と桃花は旅人故に、お金に余裕が無い。いつまでも旅館に滞在できるほど、裕福な身分では無いのだ。野宿も、日が続くときつい。かと言って刀を修理して貰わないと、旅に出る事ができない。これからどうしたものかと、必死に頭を回転させる葵。桃花の困り顔を見ると、余計に不安は募っていった。
「お前等、泊まるとこ無いのか?」
ようやく状況を理解した円堂は、無邪気に尋ねた。返ってきたのは、重苦しい溜め息だったのだが。そんな彼女等を救ったのは、今までずっと黙っていた少年だった。
「……なら、『菓子屋 雷雲』に頼んでみたらどうだ?」
「鬼道?」
「住み込みで働きながら、そこに住まわせて貰えばいいだろう」
そうしてもらえたら、どんなに楽なことか。だがしかし、この少年にそんな権限があるのだろうか? 舞い上がりそうになる自分を押さえ込み、冷静に対応する。
「でも、いきなり押しかけたら迷惑だし」
「安心しろ。春奈に俺から頼んでおくから」
鬼道の口から"春奈"が飛び出したことには驚きだが、良い案であることに変わりない。ペコッと頭を下げる桃花を見て、慌てて自分も真似する葵。足の痺れが消えないらしく、畳に足を投げ出している。剣士たちの監視の目も、いつの間にか緩んでいたようだ。
「これから、お江戸で暮らせるんですね!」
きゃいきゃいとはしゃぐ桃花。生活費が削られる心配が無いことに、ほっと胸を撫で下ろす葵。それぞれ喜ぶ観点は違うのだが、はしゃいでいることに違いは無い。江戸町民の先輩として円堂は手を差し出した。疑問符を頭に浮かべた二人に対し、円堂がにかっと笑いかける。
「じゃあ、これからよろしくな!葵、桃花!」
———ひょんなことから始まった少女二人のお江戸生活。
果たしてこれから待ち受けるのは、幸か不幸か。どんな出会いがあるのだろうか。どんな別れが待ってるのか。全てを知るは、さんさんと降り注ぐお天道様以外、いるはずが無い。