二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 【江戸物語】-哀しき旅人 ( No.161 )
- 日時: 2011/03/28 09:54
- 名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: aBT3sVDq)
「あれ……春奈、どっか行くの?」
「ちょっとお兄ちゃんのところまでです。葵さんも一緒に来て下さい!夏未さんに許可は取ってありますから!」
『雷雲』の店先、暖簾をくぐって出てきたのは春奈であった。出かけるらしく、手には巾着が握られていた。そして、空いているほうの手で葵の手首をしっかり掴んでいる。箒を持ちながら、呆然と立ちすくしている葵を、春奈は「早く行きましょう!」と急かし、引っ張り始めていた。仕方なく葵は、箒を持ったまま歩き始める。傍から見れば、滑稽な姿なのであった。
しばらく歩いていくと、見覚えのある店につく。ここはどこ? と尋ねるよりも先に、春奈は店を紹介してくれた。
「ここは、葵さんが私を助けてくれた場所ですよ。そして、このお店は……お兄ちゃんが継ぐことになっている商家、"鬼道一家"が営む『鬼道屋』ですよ」
「……なんか、まんまの名前だね」
嫌なことを思い出したのか、顔をしかめた葵。が、そんなことは気にせず、春奈は店へと入っていく。遅れた葵は、慌てて春奈の背中を追いかけた。暖簾をくぐるとそこは、骨董品やら何やらで、溢れかえっていた。どうも、有名な商家らしい。ぼんやりと考えていると、春奈に再度、置いてけぼりを食らい、せかせかと歩き出す。
春奈は畳に腰を下ろすと、店員を呼び出した。いつもそうしているのか、店員のほうも流れるような作業で会話を続けている。勿論、初めて店に入る葵には、その様子をじーっと観察することしかできず。しばらくすると店員は去り、見覚えのある顔が奥から出てきた。
「お兄ちゃん!」
嬉しそうに呼ぶ春奈を見て、鬼道も厳しい口元を緩める。そんな様子を見ていると、兄弟に憧れてしまうのは仕方が無いことだろう。
「いいね〜、可愛い妹がいて」
「どうしてお前まで来たんだ。店先の掃除でもしてろ」
「ふっ、僕は春奈と二人っきりでここまで来たんだ! 羨ましいだろ!」
刹那、紅い瞳が微かに揺れる。こういう視線を殺気と呼ぶのだと、葵は思い知ることになった。とは言え、女にまで嫉妬をするとは、何とも妹思いな兄である。鬼道の弱みは、妹なのだろう。鬼道絡みで何かあった時は、春奈に仲立ちをしてもらおう。そう考える葵だった。
「ねえ、お兄ちゃん。新商品に使う小豆が欲しいんだ。手配できる?」
「小豆か……この間、一軒と契約を解除したからな。少し遅くなると……」
口を濁す鬼道に対して、春奈は「お兄ちゃん!」と期待を込めた熱い眼差しを送る。すると鬼道は、態度が一変し、見栄を張るような、そんな魂胆丸見えの声色で、
「俺に任せろ!」
と、珍しく大声で豪語したのであった。横では春奈が、「さっすがお兄ちゃん!」と手を叩いて賞賛の声を送っている。そんな様子を、店員たちは呆れた表情で見ていた。おそらく、鬼道の春奈に対する見栄っ張り症候群は、いつものことらしい。
ふと店の外を見ると、人々の顔が恐怖に歪んでいた。そして、どこか騒がしい。
「何かあったのかな?」
「女剣士が侍を二人、斬り捨てたんじゃないのか」
「き、鬼道……」
戸惑いながらも、葵は店の外へ出てみる。大人達の背中でよく見えないが、空に向かい垂直に伸びる"それ"が、ざわめきの原因らしい。何故か今まで掴んでいた箒。掃除をしているふりをして、野次馬の先頭へと出て行く。そんな葵の前に現れたのは……———
「確か、ここらへんのはずなんだけど……」
「記憶力無いのかお前は」
「槍持ったくらいでへばる奴が言うな」
見慣れぬ武器を持った少年二人であった。
「……あれ? な〜んか見たことある二人」
長い槍を所持した少年は、橙色の瞳をしている。そして右目を、黒い眼帯で覆い隠していた。弓矢を背負った少年は、茶色の髪を風になびかせていた。どちらも特徴的な容姿である。箒を握りながら、必死に記憶を呼び起こしていると、橙色の瞳を目が合う。その瞬間、すべてを思い出しだ。
「おまっ……藤浪!?」
「あ、えーっと、お久しぶりで〜す」
苦々しい笑みを浮かべる葵。驚いたように目を見開く少年。動き出したのは、どちらが速かったのだろうか?