二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 【08】ありふれた日常のひとコマ -01 ( No.86 )
- 日時: 2011/01/19 18:21
- 名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: eMRX3Yay)
「じゃ、行ってきまーす」
母さんの声を背中に、重い玄関の扉を開けた。昨日は、雷門との練習試合だったけど、無事に起きられている僕がいる。母さんが反省してくれたらしい。予定より十分も早く起された。目覚ましよりも大きな声で。僕の寝起きがこれまでもなく不機嫌だったのは、言うまでもない。
今日、サッカー部の朝練はお休み。一日練だったからね。監督も配慮してくれたんだろう。午後練は……あれ、どうだったっけ?まあ、いっか。あったらやるし、無かったらさっさと帰ろう。
家の前で友達を待つ。まだ来る気配は無い。ぼーっと突っ立っていたら、可愛らしい声が聞こえた。反射的に振向くと、そこには見慣れた姿があった。
「あ……ネコ!今日も来たの?」
にゃーと返事を返される。いや、返事かどうか怪しいけど。この三毛猫、数日前から僕の家に頻繁に遊びに来るようになった。原因は、僕だったりする。実は、お腹を空かせた様子の猫に、不本意に煮干を与えてしまったから。猫って頭が良いらしい。あの日から、毎朝やってくる。母さんは知らないのか、その話題を全く出さない。まあ、その話でもめるのも嫌だから、気付かなくっていいんだけどさ。
「ゴメンね、今日は……カツオ節しか持って来れなかった」
手に乗せてそろそろと口元へ運ぶと、ピンク色のざらざらした舌がカツオ節をさらっていった。舐められる度にくすぐったい。でも、やっぱり可愛くて……餌をあげてしまうのだった。責任も取れないのに餌付けしちゃったら、駄目なのにね。ホント、僕って意思が弱いな。
「ネコ、おいしい?」
「って葵先輩、何やってるんですか」
「それにネコって……普通、そこは"にゃんこ"って呼ぶでしょ」
状況が理解できないまま振向くと、待っていたお友達の姿があった。恥ずかしさと焦りがこみ上げてくる僕をよそに、ネコは"にゃー"とカツオ節をねだる。
「ち、ちがっ……これには、深い事情があって、」
必死に弁解する僕をニヤニヤしながら見てくるカレン。すっごいムカつくんですけど。
「先輩、そんな可愛い趣味があったんですか」
「なつめの"可愛い"の基準がわかんない」
時間が許せば、もっと弁解できたかもしれない。しかし、14歳の僕らには"中学校"という大きな壁があるんだ。悔しいけど、事情を説明するしかない。
*。+
「……と、言う訳です」
「でも、そう簡単に猫を飼わしてくれる筈がないですもんね」
「そーなんだよ!」
僕の母さんのことだ。定期テストで一位になったらとか、無茶振りを言うに違いない。
かと言って誰か代わりに飼ってくれる人もいないだろうし。僕、友達が少ないから。人と打ち解けるのに、少し他人より時間が掛かるんだよね。まあ、サッカー関係だと意外に早いけど。
「じゃあ、私が飼いましょうか?」
さらっとお嬢様が零す。
「……は」
「お父様、動物愛好家ですから。頼めば飼ってくれますわよ」
さすが財閥のトップに君臨するお方。心が広い。……じゃなくって!
「ほほほほんとうに!? え、飼ってくれるの!?」
興奮する僕とは裏腹に当たり前のような涼しい表情。カレンにすっごい感謝だな、うん。でも良かったぁ……命の責任は重いから。カレンならきっと、きちんと世話してくれるよね。
会いたくなったら、私の屋敷へ来ればいいわ。いつになくお優しいカレンに抱かれて、三毛猫は執事に明け渡された。そしてリムジンに乗せられる。
そー言えばこのお嬢、うちまでリムジンで送られてくるんだよね。集合場所、ここだから。もういっそ皆も送って欲しいんだけど、一般市民の気分を味わいたいから徒歩で学校まで行くんだと。金持ちの考えは、本当に理解できない。
とは言え、今回は本当にカレンに感謝だから、心を広くして受け止めよう。
「遅刻なんて嫌ですわ。ほら、さっさと行きますわよ?」
「はーい!」
カレンとなつめ、揺れる二人の背中を追いかけながら、僕の一日は始まる。