二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: 〔イナズマ〕 空虚な虚無主義者 〔ちまちま集〕 ( No.91 )
日時: 2011/01/23 21:03
名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: eMRX3Yay)
参照: 衝動です。それゆえ題名も未定←

 くすんだ灰色の厚い雲の下、誰もいないはずのグラウンドに一人の少年の姿があった。今では、もう随分と汚れ傷ついてしまった、黒白のサッカーボール。そんなサッカーボールを少年は、完璧なまでに操っている。いや、操っているように見える。少年からしたら、この程度のリフティングなど簡単なもので。操っているように見えるのも初心者だけなのであろう。監督が何を考えているのか知らないが、いつまでもベンチ残留というのは気に食わない。監督を見返してやり、"絶対的勝利"を勝ち取る為にも、今、彼を取り巻く環境は、非常にまずいものだった。

「……絶対的勝利、か」

 ただその言葉に縛られ、その為だけに生きてきたわけでは無い。そう、はっきりと言い切りたかったが、ついこの間までの自分は、所詮、その程度の人間だったのだと考えると、おのずと"虚無"を思わせる笑みを浮かべてしまう。無意識に、ただぼんやりと。
 だが、今はその事について考えている時間では無い。彼の言葉で例えるならば、"絶対的勝利への近道"の為——可愛く表現してしまえば『ベンチ脱出大作戦』の為——無心でボールを蹴り続けなければならないのだ。もう、あの紫色の石の力に頼ることなど不可能なのだから。
 ずっと無言でサッカーボールを蹴り続ける。が、ふと誰かが自分の名を呼んだ。女特有の、あの甘ったるい声で。本人に自覚は無いんだろうが、あの女は雰囲気及び声からして、厳しさや鋭さが足りない。振向きたくは無かったが、相手が相手だ。面倒だと感じつつも、嫌々ながら自分の首を後ろへひねる。

「はい、これ」

 差し出されたのは、重みを感じるヒンヤリとしたボトルと、イナズマジャパン仕様の青と白を基調にしたタオル。何故、一人でいたはずの自分にこんな物が手渡されるのか、よくわからないが……三秒ほど悩んだ後、まずタオルを受け取り手際よく首にかけると、水滴が滴るボトルを無造作に受け取った。いや、受け取ったと言うよりは、奪い取ったと表したほうが正しいかもしれない。しかし、少女は嫌な顔一つせず、にこにこと笑っている。どのような形であれ、少年が拒まずに受け取ってくれた事実が嬉しいのだろう。

「練習、お疲れさま」
「なんで監督の娘なんかが、こんなとこにいんだよ」

 露骨に嫌な表情の少年だが、少女はお構いなしのようだ。未だ、さっきと何一つ変わっていない笑顔がそこにあった。どうやら、彼の皮肉は、一切伝わっていないらしい。もう随分と前から、こんな事実は知れたことだった。が、素直に認めることができない。

「不動くんが練習、頑張ってたから」

 多少、質問と答えが食い違っているような気もするが、笑顔を絶やさない少女に少年も言い返す気が失せた。ふい、と顔を背け、再び足元のサッカーボールに目を落とす。が、一向に消えることが無い視線に、痺れを切らしたようで、少年は食ってかかるような表情で少女を睨みつけた。

「てか、用が済んだんならさっさと帰れよ」
「あれ?邪魔だった?見てたかったんだけど」
「……勝手にしろ」

 はっきりと"邪魔だ"と言えない自分がいる。再度、少女に背中を向けると軽快なボールの弾む音がグラウンドに響いた。しばらく沈黙が流れる。陽が差さない今、ただのそよ風でも冷たく感じる。自分は運動をしているが、少女は上着など着ておらず、いつもの服装でいることを今更ながら気付いた。

「お父さん、不動くんのこともちゃんと見てるよ」

 ぽつり、少女は呟いた。何を勘違いしたのかは知らないが、そんなことはどうでもいい。もし、見てくれていないのならば、嫌でもその視界に入るよう、強くなればいいのだから。監督が見てくれていないのならば。しかし、あの監督はわかっている。少年がその時のフィールドに、必要なのかいらないのか。

「だから、試合に出れるよう頑張ってね!」

 振向きざま、煌びやかな少女の笑顔が、視界に一番に飛び込んできた。向きかけた首を反射的に戻す。じゃあ私、お父さんに呼ばれてるから。そんな呟きが聞こえたかと思うと、あとに響いたのは少女が駆け戻る音のみ。

「……用事ほっぽらかして、なんでんなとこ来てんだよ」

 小さな小さな呟きは、簡単に風にかき消されてしまった。少女が宿舎に入ったのを目で追ってしまう。見慣れた背中が帰ったことを確認すると、しばらく呆然と宿舎を眺めていた。そして、不機嫌そうに鼻で笑うと、またもやボールを蹴り始める。が、ほんの少しだけ、彼の口元が緩んでいたことに気付いた者はいない。

 ———雲の隙間から垣間見えた空は、いつもよりも澄んでいた。