二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

時代劇物の第九話!! ( No.94 )
日時: 2011/01/26 20:31
名前: 桃李 ◆J2083ZfAr. (ID: eMRX3Yay)

   第九話【嘘を吐くのが下手な人】

 運良く見つかった簪。もう失くさないようにと、しっかり懐にしまいこんだ。これでやっと、修理屋へ向かうことができる。皆によく礼を言って、その場を立ち去ろうと考えていた。が、人生、そんなに甘くない。
 すれ違ったなら、誰でも一度は振り返るであろう葵の刀は、そこそこ有名な一品であった。そんな代物を持っているのが、男子ではなく女子なのには、深い事情もあるのだが……この話はまた今度。ともかく、刀を持った女を見て、そう容易く帰してくれるほど剣士二人は、優しくは無かった。

「その刀……どこで手に入れた?」

 鋭い瞳が葵を掴んで離さない。基本、面倒な奴は相手にしないのが葵の理念だが、この少年を無視したら斬られるかもしれない。それ程、厳しい眼差しを向けられているのだ。少年からしたら、ただ疑問に思ったことを投げかけているだけなのだが。葵はまだ、この少年が元々よく笑う人物では無いことを知らない。

「あー、えっと、どこだろうね!」
「明らかに動揺してません?」

 もう一人の少年も葵を追い詰めるかのように言葉を付け足す。まだこの少年の方がやんわりとした視線なのだが、その瞳には"好奇心"が溢れていた。円堂と桃花は、ただぼーっと眺めている。葵がどれだけ焦っているのか知らず、ただにこにこと。
 女が刀を所持している。世間では中々、お目にかかれない光景だ。その光景が今、目の前にあるとしたら。その経緯を、誰もが知りたがるだろう。いちいち説明するのが面倒なのと、結構家庭事情にまで関わる話題なので、突っ込まれるのが嫌だったのだ。

「お前、商店の前の十字路で起きた喧嘩のこと……知ってるだろ」
「さあね。なんのことやら」
「目があからさまに泳いでるぞ」
「……しっ知らないですけど!?」
「声、裏返ってる」

 相手に全てを読まれているような気がする。このまま会話を続けても、いつか自分が負けるのがオチだろう。そんなのは、断固として拒まねばならない。少し、言葉を変えてみるか、と頭を切り替えた。

「……じゃあもし、"知ってる"って言ったら?」
「ならば、お前は自分が嘘を吐いていたと認めるんだな」

 勝ち目は無い。一瞬で悟った。が、粘る事こそに意味がある。

「葵さんが負けるなんて、珍しいこともあるんですね」
「まぁ、豪炎寺さんに勝とうなんて百万年早いですよ!」
「じゃあ、虎丸くんはいつまで経っても豪炎寺さんに追いつけないね!」
「…………」

 いつの間にやら交流を深めていた二人。どうやら、虎の屋の話を円堂を含めた三人でしており、仲良くなったようだ。桃花は、二人の関係や名前などを教えられている。が、あの二人は、まだ消火していないようだ。

「さっきからお前お前って……僕には、葵っていうちゃんとした名前があるんですけど」
「なら葵、俺について来い。目撃者に会いに行くぞ」
「己、ならば貴様の名を申せ!」

 葵の口調がふざけたものになったきたが、気にしない。

「……豪炎寺とでも呼んでおけ」
「ふっ、変わった名前だな」
「女剣士も世間一般からしたら充分な"変わり者"だぞ」

 軽く、鼻で笑われた気がする。だが、葵の思考には豪炎寺が放った"目撃者"という言葉が引っかかっていた。あの喧嘩の時、野次馬はこれでもかと集まっていた。もしあの中に、こいつらの知り合いがいたら……?葵が斬ったという事実が、暴露されることは間違いないだろう。
 暴露されてしまえば、刀を持つことになった理由も聞かれてしまう。そんな面倒なことは、まっぴら御免だ。

「目撃者……?」
「そいつのところで証明して貰おう」
「あはは、僕、忙しいから。ここでおさらばするよ」

 一歩、また一歩。じりじりと後ずさりを始める。こういう場合、逃げるが勝ちだ。心の隅で円堂や桃花に助けを求めたが、そんなの、二人が気付く筈が無い。援助を求めること自体、無意味なのであった。後ずさりを続ける中、ふと零れた虚しい笑みに誰も気付かない。

「逃げるなら……引きずってでも連れて行く」

 刹那、豪炎寺から黒い"何か"を感じ取ったのは、怯える自分自身が作り上げた幻覚なのだろう……いや、そうであって欲しい。切実に願う、今日この頃。葵の首筋に嫌な冷や汗が一筋、流れ落ちた。