二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: もう一つの獣の奏者 ( No.15 )
日時: 2010/12/17 17:05
名前: (梓!*。 ◆hLMPZ4CBa. (ID: aU3st90g)

*第6話*

「エシュラさんの家に行くのは午後だから、少し散歩しない?」

翌日、まだ寝ぼけた顔でご飯を食べているイアルにエリンは微笑んで言った。

「——……散歩?」
「そう! ここの近くに小川があってね、花が咲き乱れててとても落ち着く場所があるの」

イアルは頷くと、急いで味噌汁を口に注ぎ込んだ。
「ゆっくりでいいよ」とエリンが頬杖をついて言ったが、イアルはぐびぐびと飲み干して立ち上がった。



小花がちらほらと咲く反対側には、季節の花々が咲き乱れ、どこを見ても花だった。
イアルは切り株に腰を下ろし、エリンはその横にある小さな丸太に腰掛けた。

「イアル君には、本当の事話したいんだ。」

唐突にエリンがそう言ったので、イアルは吃驚して切り株から滑り落ちそうになった。
後で考えると、そんなに驚くことではなかったのだが、切り株に座りなおすと頷いた。

「私のお母さん——……ソヨン、って言うんだけど」
「あぁ、知ってる」
「霧の民だったんだ。ここの村でね、アッソンっていう今はいないけど私のお父さんと出会って民を追放されたんだって——……」

遠い目をして言うエリンが、振り絞るような声で続けた。

「—お母さんは、<牙>お世話を担当させてもらってる闘陀衆なの。当然、音無し笛も持ってるんだ」

近くにあった花を摘み、香りを嗅ぐエリンの横顔がどうも大人びて見えた。
イアルもぶちっと花を摘み、指先でくるくると回しながら「そうか」とだけ言った。

「私は、音無し笛で硬直する闘陀が大嫌いなの——……人に飼われているだけでも不幸なのに、縛られるなんて——……って」
「だから俺の音無し笛を見たとき、あんな顔をしたのか」

イアルがぽいっと花を小川に放った。
時々岩にぶつかりながらも進んでいく花が見えなくなると、エリンが続けた。

「——……音無し笛を見ると、私が霧の民だってことも、魔がさした子だってことも、全部忘れてる。
只々、これで硬直させるのかって混乱しちゃうの」

自分が持っていた花も小川に放るエリンの瞳が、少しだけ潤んでいた。
イアルは急いで懐から音無し笛を出すと、小川へ向かって思い切り投げた。
ぼちゃん、と音を立てて沈み、流されていく音無し笛を見て、エリンが立ち上がった。

「何故——……!」
「あれを持つ資格が今の俺には無い。
お前を泣かすような笛はいらない」

エリンは頬を手の甲でぐいとこすると、無理矢理笑顔を作って言った。

「お昼ご飯食べて、エシュラさんの家に行こう!」