二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

Re: もう一つの獣の奏者 ( No.26 )
日時: 2010/12/28 20:51
名前: (梓!*、 ◆hLMPZ4CBa. (ID: aU3st90g)

*第13話*


「イアル君っ!」

駆け出そうとしたエリンをソヨンが止めた。

「エリン、……怪我をする覚悟がある?」
「え? お母さん、何言ってるの……」

ソヨンは悲しそうな顔で呟いた。

「野犬、出るから……気をつけてね。これ持っていっていいから」
「お母さん……?」

火種と火打石、松明を渡すソヨンの顔が夕日で輝いていた。
エリンは受け取りながら母の顔色をうかがったが、特に変化は無い。

「——……ごめんね。いってらっしゃい! 猪肉作って待ってるから」

ソヨンは出来る限りで微笑むと背を向けた。

「うん……分かった」
「そうそう、イアル君はたぶん東のほうへ向かうと思うから、ほら……お箸持つほうへ向かって行きなさい。」

エリンは頷くと、右へ向かって走り出した。
イアルが消えたのも右だったことが何か関係しているのか、と思ったが、その考えを振り払い、只々右へ走った。



「イアル君……イアル君、何処?」

ふいに聴こえたエリンの声に、イアルは反射的に身構えた。

「怖いよ……お母さんも、この道も、怖い……」
「……——エリン!」

その言葉を聞いていられなくなり、イアルは草むらから飛び出した。
木の洞穴で疲れをとっていたので気がつかなかったが、どうやらもう夜らしい。

「イアル君! 大丈夫? 怪我してない?」
「大丈夫。大丈夫だから、……帰ろう」

低い声でイアルが言うと、後ろでガサリと音がした。

「な、何?」

エリンはきょろきょろと辺りを見回すが、イアルは分かっていた。

「野犬だ……エリン、あの低い木の下に視線を逸らして、動かすな。
それからゆっくり、引き下がれ。」

手探りでエリンの手を探し、ぎゅっと掴むと、いつでも戦えるように集中した。

「……怖いよ」
「向こうはこっちに気づいていないから、ゆっくりゆっくり下がれ。大丈夫だ」

エリンがうなづき、一歩下がるのが分かった。
イアルは手を離し、自分も足音を立てないようにしながら下がった。

「あ、松明……」

エリンはそう呟くと、ごそごそと漁り始めた。
何をするのかと思えば、辺りがぼうっと明るくなった。

「野犬は火に弱いでしょう。気づかれるけど、……逃げられる」

低いうなり声が聞こえた。
血走った目をぎょろりと動かしてこちらを見ている。

エリンは松明を近くへ投げた。

「あっち行って……」

静かに、言い聞かすように諭すと、野犬は後ろへ走っていった。


この少女は、獣を操れるのかとイアルは思った。